37 憂いと立場の話
憑代の少女と土地神は、よく夢の中で遊んでいた。
土地神が外で遊ぶこともできない少女を慮って、自らも少女とよく似た少年の姿になって少女の夢の中で共に遊んだ。
「―――様」
「どうしたんだい?」
「お外の人たちの仲があまりよろしくないようなのです」
少女の身に土地神を下ろしても、少女の意識が完全に消えたわけではないから、憑代になっているときも土地神が少女に聞かせたくない話は聞かせないようにしていたがほとんど少女の耳に届いていた。
その逆はなく、少女が聞いたことや見たことを、土地神がすべて知っているということはなかった為、こうして夢の中で少女の話を聞くと言うことが、土地神の楽しみでもあった。
「ふむ。どう仲が良くないのかな?」
「えーっと」
鞠を抱え込んで、どこまでの広がる草原にある丘の上の、満開の桜の木の下で、少年に扮した土地神は少女を隣に座らせる。
「偉い人と偉い人が喧嘩をしているみたいなのです」
「喧嘩か………その喧嘩をしている人はどんな人だい?」
「神子様だと聞きました。えっと、役職は天皇様であらせられるらしいです」
天皇は神の子孫である。
それはこの国で暮らしている人々が知っていて当然なこと。
土地神は天皇同士の喧嘩と聞いて、わずかに眉をひそめる。
「それで、―――様が豊穣を約束されているこの土地も、喧嘩をする場所になるようなのです」
少し暗くなってしまった少女の顔を見た土地神は、安心させるように微笑んで頭を撫でる。
「大丈夫。そんなことにはさせないから。君は気にすることはないよ」
土地神は人間を愛していたが、人間が嫌いと言いながらも好きで争うことを知っていた為、少女の頭を撫でながらそう言った。
何せこの土地は土地神が保持している物だ。
力を持っていないただの脆弱な人間が、この土地を汚すことができるはずがないと、そう土地神は考えていたのだ。
「でも、私はここに来て下さる人が泣くのも嫌なのです」
顔を上げた少女の瞳に映る色は不安。
子供らしく素直で優しいその感情に、既に感化されていた土地神は、何とかしよう、と確約した。
「我に任せなさい。君が悲しむことはない」
やっと少女が微笑んで、土地神はふっと肩の力を抜いた。
すでに現実では朝を迎えている。
そろそろ少女はこの場から去り目覚めるだろう。
「―――様、ありがとうございました」
「ああ、また夢で逢おう」
直接顔を合わせるのはこの場所でのみ。
少女の姿は薄れ、消えていく。
たった一人その場に残った土地神。
上を見上げればどこまでも透き通るような青い空。青々とした草のしたにある土の香りは、桜の枝を揺らす風に乗って香ってくる。
「おい、まさか関わる気じゃあるまいな?」
後ろの声に振り向くと、そこに居たのはまたもや人間。
少女を社まで連れて来た、そこそこ有能な呪い士である。
この、少女の為だけに土地神が作り出した空間に干渉できるだけでもかなり有能である証拠である。
「あの子が憂うなら我は関わるよ」
「やめろ。これは人間の問題だ。あんたら神が介入することじゃない」
呪い士の額には青筋が浮かぶ。
「ふふふ。あの子は私の憑代だ。あの子の憂いは私の憂い」
「そういうことじゃねぇ………」
人間同士のいざこざに神が関わるといいことがない。
呪い士の言葉は、土地神には届かない。
「豊穣をもたらし続けるあんただからこそ、偶然あったあの死にかけをどうにかできると預けたが、あの死にかけの言葉に感化されるようになってしまったらもうそれは………」
土地神は立ち上がり尻に着いた土を払うと、呪い士の目を見る。
捕食者に睨まれた呪い士はひゅっと息を詰まらせる。
この空間に鑑賞できるとはいえ、それは土地神が干渉することを許しているからに過ぎない。
当然拒絶されれば、この空間から弾き飛ばされる。
「我は神だ。ただ、人を愛しているだけだよ」
にっこりと笑って、土地神はその呪い士を空間から弾き飛ばした。




