36 過去とお社の話
その昔、人は霊という存在を当たり前のように目にとめていた。
その土地に生きていた人々は、社に居られる土地神のことを崇め奉っていた。
「土地神様、今年のお供えでございます」
社に行けば必ず会える、そんな存在であるその土地神に、人々は多くの感謝を寄せていた。
土地神は人が好きだったのだ。
その寿命は短いが、いつも懸命に生きようとする姿に好感を得ていたのだ。
『ふむ。我は霊であるが故、食すことはできぬが、この者が美味しくいただこうの』
「はい!」
土地神は曲がりなりにも神である。
いくら人が霊を視認できるとはいえ、その圧倒的なまでの神気は、人の身に下ろさなければ訪れた人の魂を圧して消滅させてしまうほどに強かった。
『それでは、我は少し眠る。この者を頼むぞ』
「はい、おやすみなさい」
土地神を下す場として社が造られ、土地神を抑え込む者として呪い士がその社に常駐していた。
「うっ………あ、お眠りになられたのですか」
「呪い士様、お勤めご苦労様です」
「いえ、皆さんが彼の方とお話しできたのであれば幸いです」
人間であるその身に、末席とはいえ神を下すという行為は、命を削る行為でしかない。ということを、人々はちゃんと理解していた。
社に常駐する呪い士は、土地神の神気が満ちた社に居ることでもう治らないと先刻された病気を抑える代わりにその身に土地神を下していた。
簡単な契約で、呪い士としては命が長らえたと嬉しい限りだったのだが、人々にとっては不憫な少女としかとらえられていなかった。
「美味しそう………本当にいただいてもいいんですか?」
「はい。土地神様に捧げた物ですから」
にっこり笑う人に、少女も微笑み、社の調理場に持っていく。
穢れを嫌うとされている神だが、ここの土地神が毛虫、金気の狐であったが故少女は肉を食べることができた。
「今日は何を作ってもらおうかしら」
ふふふ、と笑う少女の微笑みは、とても神聖なものに見えて、少女に雇われている住み込みの料理人は頬を赤く染めながら、夢の中で土地神様とどんな話をしたのかと話してくる少女に相槌を打つ。
少女が社の中でしか生きられない。
当然社の中でしか人間関係を築けないため、もっぱら話をするのは厨房の料理人か、禊を手伝ってくれる数人の巫女たちだけであった。
「最近ここを訪れる人、変に緊張していないかしら?」
おっとりと首を傾げる少女の様子に頬を染めた巫女は、社の外の情勢を話す。
南の方に居られる天皇が力をつけて、北の方に居られる天皇を滅ぼし自らの手中に収めようとしていること。各国を治めている大君は、どちらの天皇に着くかでもめて、まるで豊穣の神に愛されているかのようなこの土地をどちらがその手に抱くことになるのかと、民までその不安が伝染していること。
「えっと………土地が危ないってこと?」
「そうですね。ざっくばらんに言ってしまえばそのようになるかもしれません」
少女に学はなかった。
当然だ。
学ぶなんて言うことは、お金を持っている貴族様しかできないこと。
ここが神に近しい場所であっても、ただの憑代に、それも不治の病を抱えたなんの価値もない少女に、誰が学を教えようと言うのか。
「でしたら、―――様にお教えした方が良いのかしら?」
「もし姫様がしたいのであれば、そうされた方が土地神様はお喜びになると思いますよ」
少女は社で姫様と呼ばれ、少女のみ、土地神の名を呼ぶことを許されていた。
名前は一番短い呪い。神である土地神の名前を呼ぶだけで魂は疲弊する。
土地神をその身に下ろすことで僅かに人としての生を外れた少女だからこそ呼べるのだ。
「では今日。夢の中でお会いしてみたらお話ししてみます」
にっこりとほほ笑んだ少女に悪意はない。
人間が神に、人間同士のいざこざを相談するなんて、何と罰当たりなことだろう。
本来であればそれを教えるべき立場に居るはずの物である巫女たちは、この社から出ることもなかった為、情報を精査することなどしなかった。
それに、勝手に思い込んでいたのだ。
少女は、子供にしてはかなりしっかりしていたから。




