34 覚醒と起床の話
時雨は藍鉄の顔に浮かんだ人外の微笑みに破顔する。
『ひよっこ陰陽師よ』
「ひ、ひよっこって、俺がひよっこですか………はは、そうですね。あなた様のような存在からすれば私はひよっこだ」
幼い容姿の者にひよっこ呼ばわりされて額に青筋が浮かぶが、その中にある存在を思い出して笑い飛ばす。
『我に望むのは力か?』
「はい………報酬と言っては何ですが、陰陽師の魂を差し上げます」
『へぇ?』
器用に片眉をあげて見せる藍鉄。
『なぜ、我が力を望む』
時雨が藍鉄の中の存在に対して跪いた姿勢を取っているため、ほんの少し、藍鉄が時雨を見下ろすような格好になっている。
「貴方様は魂を喰らう。つまり、魂を喰らい自由に操れるほどの力を持つのではと思ったわけです。………しかも、そこの蘇芳と言う子供は幼い子供の魂を食んだだけでほぼ十年飲まず食わずで暮らせるほど、効率がいい」
時雨は熱に浮かされたようにすらすらとしゃべり続ける。
「そんな力を、扱ってみたいと思わない“人”は、いないでしょう?」
にっこりと笑うその姿に、一瞬藍鉄の顔に微笑み以外の顔が出たが、時雨はそれに気が付かなかった。
ゆっくりと藍鉄は手を時雨の方へと差し伸べる。
『ふ。………つまらない人間だな? まぁでも、貸してやらぬことはない』
「っ! 本当ですか!?」
喜色に顔を染めた時雨は、差し出された藍鉄の手をぐっとつかむ。
『ああ。陰陽師の魂をくれるなら、だがな?』
「勿論です! 大量には難しいですが、必ずや―――」
これで今まで呼ばれなかった、上級の会合に呼ばれるようになる。
誰も俺の力を疑わなくなる。
誰も自分を出来損ないだなんて言わなくなる。
『例えば』
もうそんなことは気にしないで生きていける。
そんな思いで合わせた藍鉄の瞳は笑っていない。
『お前の、魂とか?』
「っ!?」
握っている手からどんどん冷たくなっていく。
魂を与えれば言うことを聞く、知能の低いただの妖怪。
だというのに、目の前にいる存在はどうだろうか。
知能が低い? よくよく考えなくても分かる。人間相手、それも対妖怪に特化した陰陽師を簡単に退けてしまえるほどの力を持っている存在。
更に言ってしまえば、人間らしい思考と、獣らしい強い本能を持っている、そんな最悪。
『我は他を犠牲にするヤツが個人的に嫌いでな? 当然、お前は、そういう者ではあるまいな?』
「っ!」
妖狐は嘘を見抜くと言われている。
縦に割れた瞳孔が、時雨の瞳を映し出して嗤う。
『………我は気が長い方ではないのでな?』
「―――っ」
唇をなめ、握っている手から少しずつ霊力を抜いていく。
顔を真っ青にした時雨は手を振り払って、部屋から這いずるように出ていく。
『はっ! われの前から消えろ! さもなくばその魂喰ろうてやる!!』
「ひぃ!」
時雨の背後では嵐を起こす、小さいが圧倒的なその存在。
藍鉄の中に、藍鉄はもういなかった。




