33 夢中の少女の話
足が付かない。
でも温かい。
これは、てっちゃんの霊気。
だから、怖くない。
「蘇芳」
「てっちゃん」
いつも体の中で聞こえるあの囁きは聞こえない。
魂を明け渡せと聞こえてくるあの声は、まるでどこかへ消えてしまったかのように感じる。
「蘇芳」
「どうしたの? てっちゃん?」
どんな時でも一緒に居た、いつでも助けてくれるあの頼りがいのある双子の兄の姿はなぜか少し霞んでいる。
「もう蘇芳は、妖狐に悩まされることはない」
「え?」
父を悩ませ、母を眠らせた妖狐。
私に両親を殺させた妖狐。
今まで食べた魂は、一人の女の子と、知らない男の人のもの。
その味は、骨の髄まで覚えている。
「蘇芳は、普通の女の子になったんだよ」
微笑むてっちゃんの姿が、透けて見える気がする。
なぜか遠くへ行ってしまいそうな気がして、手を伸ばすのだが、その手はてっちゃんに届かない。
「てっちゃん?」
どんどん薄くなるその姿に、もう二度と会えなくなるようなそんな気がして、顔を歪ませる蘇芳。
「どうした? 蘇芳」
「な、なんでもないよ」
困った顔をすれば、絶対にそれ以上に困って、それでいて困らせないように笑う双子の兄だから。
「蘇芳、ゆっくり眠りな。ゆっくり休めば元気になれるさ」
後ろを振り向くと、明るい光がこちらにおいでと手招いている気がする。
「でも、てっちゃん」
「ん?」
「私の中にあった、お母様のぬくもりも一緒に消えた気がするの」
「………」
「もしかして、私の魂を守ってくれたのは、お母様の魂だったのかな?」
でも、それだといつもお父様が家を出てお母様の為に駆け回っていたのは、私を妖狐にとられないように守っていたから?
お父様の笑顔を奪って、さらに命を奪ったのは私?
止まらなくなってそう言えば、少し遠くに居たてっちゃんがぎゅっと抱きしめてくれた。
「蘇芳。蘇芳が悪いんじゃないんだよ」
「でもね、てっちゃん」
私が生まれなければ、お父様もお母様も、きっと笑顔で暮らせていたんじゃないかなって思うんだ。
「蘇芳………」
物心ついたときからお母様はずっと眠っていた。
私たちが生まれた時も元気ではなかったって、お父様と一緒に暮らしていた村の人から聞いたことがあった。
「あのね、蘇芳。本当のことを話してあげる」
「え?」
お父様とお母様が周囲に反対されながらも、大恋愛をして結婚したこと。
お父様が妖狐を捕まえて、それを滅しようとして力が足りず、お母様の体に封印したこと。
普通ならそのまま殺すはずだが、お母様が巫女の家系の者だったせいが、お母様の魂で覆うことに成功したため、お父様はお母様の回復を優先させて妖狐の存在を無視したこと。
そして、私たちが生まれて、お父様は偶にだけど、てっちゃんに陰陽の術を教え込んだこと。
私たちの魂には、根が張ったように妖狐の魂が絡みついていること。
「何で今まで話して………」
「僕はお父様に陰陽の術を教えてもらうのに、精神的に強くならなくちゃいけないって、僕は妖狐の妖力と自分の霊力を掛け合わせて使う術を教えてもらったんだ」
もし蘇芳が悪者なら、同じように僕も悪者なんだと、そういう藍鉄にしがみつく。
「僕は石橋を叩いて渡るタイプだけど、蘇芳は渡ってから気にするタイプだろ? お父様は僕たちと同じ様に魂の輝きが見えたから」
だから妖力を使わせなかったのだと。
「もう平気だから。ね」
「うん………」
それでも、目が覚めたらもうてっちゃんが居ないんじゃないかと想っちゃって、ここからあの光に進みたいとは思えない。
「ほら、行かないと。あまり長いことここにはいられないってのも、蘇芳は分かってるだろう?」
「うん………」
溢れる光はどんどん遠くへと向かっていく気がする。
ここに居続ければ、きっともう二人だけの家に戻ることはできない。
でも、ここに居続けないと、てっちゃんに会えなくなるような予感がする。
「じゃあ、あとでね!」
光の方へ走り出す。
「ごめんな、蘇芳。最後までいてやれなくて」
「え?」
「なんでもないよ」
そうして、私は光の中に入った。




