32 半妖と人間の話
時雨はほくそ笑んでいた。
藍鉄では失敗したが、さらに強い反応を示していた蘇芳にも同じように処理をしたところ、すぐに人としての精神を崩壊させた。
「して、我に何を望む?」
その声は確かに少女のモノだが、その雰囲気も放し方も、少女とは思えない妖艶さを醸し出す。
時雨がしたことは簡単だ。
自分の、生きのいい要らない部下を焦点の合わない蘇芳の前に差し出したのだ。
「まずは落ち着かれてからがいいかと」
蘇芳だったものは微笑み、唇をなめる。
足元に倒れた和装の男の顔に手をやり、そこから立ち上る魂のなくなった体から立ち上る霊気を食む。
微笑んで上気した頬は赤く染まっているが、それを視ても恐ろしさしか感じることはできない。
「ふぅ………」
「ご満足されましたか?」
「ああ………して?」
ゆっくりと合わされた瞳に、時雨は背筋が凍る冷たさと同時に自らの望みがかなうかもしれないという高揚感に支配される。
「私と契約していただけませんか?」
「ほぉ?」
時雨の言葉に蘇芳だったものは微笑む。
人間からしたら永遠とも言えるそんな時間を過ごしてきた蘇芳の中のモノからしてみれば、人間と言う浅はかな連中の考えることは皆同じなのだと嘲笑ったのだが、時雨はその微笑を嘲笑とは考えなかった。
「勿論対価は魂です」
「ふむ………まずは、客の対応をした方がよさそうだぞ?」
すいっと蘇芳だったものが指差す先には、怒りを周囲にまき散らす少年が立っていた。
「蘇芳」
「この身体か? 我が喰らってやったぞ、もう我の物故」
「まだだ。………蘇芳の魂を喰わせやしない」
藍鉄のその変化に時雨は大きく目を見開くばかりで手出しができない。
まるで邪魔な木立を除けるような緩慢な動作によって時雨は藍鉄に払われ、床に尻もちをつく。
「蘇芳」
蘇芳の肩を掴み、目を見るが、やはりそこに蘇芳の意識はない。
藍鉄は微笑み続ける愛する妹の顔を見て、ただ一言、告げる。
「ごめんな、蘇芳。最後まで居てやれなくて」
藍鉄はそう言って、蘇芳の首筋に噛みついた。
時雨の耳に聞こえてきたのは啜る音。
先ほどまであれほどに荒れ狂っていた妖力も霊力もまるでなにもなかったかのように収まっている。
動かない双子に、一体何が起こったのかと考えた時雨だが、考えていてもらちがあかないと、ゆっくり立ち上がる。
「………」
時雨が立ち上がった少し後。
それとは逆に、蘇芳が床に崩れ落ちた。
そして、立ち続ける藍鉄の体に薄く、紫色の光が立ち上り、その煙は周囲から何かを集めながらこぶし大の大きさまで大きくなって藍鉄の周りに留まり続ける。
『ん?………ああ、これが新しい身体か………』
ぼそっとそう呟く藍鉄。
その声は、子供のモノではない。
大人とも、老人とも、女とも男ともいえないそんな声。
「あ、あなたが………」
『ふむ?』
振り返った藍鉄の口元から滴る真っ赤な血液。
鈍色だったその服は、滴る血によってか少しずつ黒く染まっていく。
「私の願い、聞き遂げていただけますでしょうか………」
深々と頭を下げる時雨の頭を見下ろした藍鉄だったモノは、ただ微笑んだ。




