31 向かう場所の話
藍鉄の、人のものとは言いにくい瞳に映るのは、霊力だけではない。
「もう少しだけ………」
足は迷いなく上へと進み、壁の向こう側を見据えて、自らに一番近い魂を見つめる。
「もう少しだけ騙されていてください」
普通とは少し違う陰陽師だと考えても、藍鉄の存在はすでに人間とは言えないほどのモノと化していた。
「………お願いします、蒼月さん」
少年らしい瞳の輝きは、呟きの後では何か、覚悟を決めた人間のモノになっていた。
扉を開ければ、そこに顔を引きつらせる同業者の姿。
何をそんな怯える必要があるのかと、いつものように微笑めば、さらに顔を真っ青にしてその場を去っていく多くの同業者。
残った者も、自らの手に武器となるものを握りしめて化け物を見るかのように表情を凍らせる。
「………退いてください?」
首を傾げて言えば、一歩下がる同業者。
「時雨さんは、どの部屋ですか?」
変わらず微笑めば、全員が凍ったように動かなくなる。
一人一人を見つめていき、一番感情が瞳に残っている人の目を見ながら告げる。
「時雨さんは、“どこ”に?」
「あ、あ、あ………」
指が指された方向には、確かに半身と言っても過言ではない蘇芳の魂が存在している。
その横には汚れた不味そうな魂に、そこまで不味そうではないがそこまで美味しいとは思えなさそうな、そんな消えそうな魂。
「あっちですか………ありがとうございます」
嘘を言っているわけではない。
それが分かればいい。
「邪魔、しないで下さいよ?」
一度微笑んで同業者たちを見つめ、藍鉄はそのまま廊下を進む。
一歩踏み出せば、廊下の木々がまるで若木のように色づき、いつ崩れてもおかしくない程度に腐っていく。
「なんなんだ………」
藍鉄が去った後は惨状と言ってもおかしくない。
「時雨様が手を出したのは………ただの、子供だろう?」
その場に残れた、藍鉄の圧力に押しつぶされずに意見を放つことができたその陰陽師の言葉に返答はない。
ほとんどが藍鉄の姿を見てその場から逃げ、残った者の殆ども立ったまま気絶していた。
意識がある者もわずかにいるが、彼のように自らの言葉を発せられるものなど、彼の他にはただ一人だけだ。
「あ。君たち、早くこの家を出た方が良いと思うよ?」
そんな呆然としていた彼らにかかる紫煙。
煙管から吐き出された煙が彼らを包む。
「自分の命が大切なら、ここから離れることをお勧めするなー」
「あんた、は?」
「俺? 別にどうでもいいじゃん」
「そうはいかない。侵入者ならば」
「はぁ………堅苦しいのは嫌いなんだ。………たとえどう転んでも“時雨”様は戻ってこないから、せめてもの忠告だったんだけど………まぁ、守ってもらう必要はないんだよね」
そう言って、紫煙の中に居る煙管を加えた男らしい影は、藍鉄の姿を追うように廊下を進む。
近づくなと言明されているのが良いことに、彼らは早い段階でその場から離れた。




