20 呪いと気持の話
藍鉄が出てきたのは、それからだいぶ経って、昼も過ぎた頃だった。
「鉄、蘇芳は………妖狐、なのか………?」
無言で囲炉裏に腰かけた藍鉄に、痺れを切らして言葉を発した蒼月は、顔を真っ青に染め、白くなるまで手を握りしめる藍鉄の様子に驚く。
しかし、さっき蘇芳と目を合わせた時に感じた捕食者の視線を、妖狐という言葉と共に思いだし、何とか声を震わせないで言葉を言い切るので精一杯で、その驚きも掻き消えた。
「蘇芳は………」
いつもならなかなか出ない藍鉄の表情が、ただ一つ、どうしたらいいか分からない、という感情で染まる。
「蘇芳は………妖狐に、呪いをかけられたんです………」
「………呪い?」
一般人としては普通聞くことがないその言葉。
しかし、陰陽師の式になろうと志している少年にとっては、片足を突っ込んだ世界のこと。僅かばかりだがその知識はあった。
「呪いって、どんな」
「………人として生きることができない、そんな、呪いです」
いつもならあう目線が少し下を向いていて、合うことはない。
「蘇芳は、妖狐に呪いを駆けられて、魂を食べるしか、生きられなくなったんですっ」
絞りだし、最期には枯れてしまった藍鉄の声に、蒼月は下を向く。
もしあの妹がそんな呪いにかけられたら、自分はどうしただろうか、と。
誰かにちゃんと相談しただろうか、と。
安全の為に、絶対に殺されるのだと分かって誰かに相談する勇気はあったのだろうか、と。
「俺さ」
「はい」
ゆっくりと、藍鉄の瞳が上がり、蒼月のそれと合わさる。
「………妹が、妖狐に魂を喰われたんだよ」
「それは………」
もし、最後の家族である蘇芳が突然いなくなったら。
そんなことを想像して、さっと青ざめる藍鉄。
「うん、いつも言ってる通り、俺はその妖狐を殺す為に………その妖狐を葬る為に、剣を勉強してる」
「………」
その眼に宿るほの暗い炎に、藍鉄は泣きそうになる。
妹が唯一食べてしまった人間の魂の系譜の者にもこんな視線を向けられることになるのだろうかと、手を握りしめて耐える。
「俺、誰にも言わないから」
また下がってしまった藍鉄のその視線に、だいぶ余裕を持ち直した蒼月は、藍鉄を見つめて言う。
「治す為に、陰陽師続けてるんだろ………」
「はい………」
「だったら、最後まで、その気持ち、強く持ち続けるべきだろ」
「!」
蒼月は、懸命に笑顔を作る。
村でのたった一人の友人が、泣かないように。
「蘇芳にはお前だけなんだから、兄であるお前がしっかりしないと」
「………はい」
「俺は、妹の魂を食べた妖狐を殺す。お前は、妹がかけられた呪いを剥がす」
「はい」
「お互い、がんばろうぜ」
「そう、ですね………」
眉の間に刻まれた皺が消えることはないが、それでもだいぶ浮上したらしい友人にほほ笑む蒼月。
「んじゃ俺帰るよ」
日が陰ってきたと、蒼月は腰を上げる。
まだ寒いからと着込んだコートも、藍鉄と本気で語り合ったから体が気持ち温かくなって何となく前のボタンを閉める気にはなれなかったが、かえってどやされる姿が簡単に想像できてしまったため、きちんと閉めてリュックを背負う。
「あ、そうだ」
「どうかしました?」
「俺さ、蘇芳に、同じ匂いって言われたんだけど、なんか臭う?」
袖をクンクンと嗅ぐ蒼月とは対照的に、藍鉄は蒼白を通り越して、真っ白になっていた。




