19 持たざる者話
ほぼ雪は解けきり、雪下ろしをしなくても住むようなそんな時期。
なぜが蒼月の学校はそんな時期に開校したらしく、開校記念日にボケーっとするのもあまり良いとはいえないから体を動かしてこいと家を追い出された蒼月は、まず時雨の家に向かうが、時雨が居ないから入れられないと言われ、仕方なしと家に帰り弁当を作ってもらい、藍鉄の家へと向かった。
「時雨もいないし、鉄もいなかったらどーしよ」
ぬかるむ山道に足を取られないように慎重に登っていくその姿は、半年ほど前に山の中を泣いて駆け回った姿は全く見られない。
「おーい、鉄ー? 鉄いるかー?」
いつもならすぐに開くその扉はうんともすんとも言わず、まぁ、中に入って待てばいいかと蒼月は玄関を開けて中に入る。
「おじゃましまーす………」
いつもなら藍鉄がいて明るい雰囲気の家の中は、とても冷たく、いつもと同じなはずなのに、いつもとは違った雰囲気を醸し出していて、広く殺風景な室内は、うすら寒さを感じるほどだった。
「帰ってくるまでなんかしようと思ってもできることねーじゃん」
藍鉄が返ってくるまで待とうとしても、いつもなら入れてある囲炉裏の火も消えていて、寒くて上着すら脱げない蒼月は靴を脱いでどうやって囲炉裏に火をいれればいいのか考える。
不意に、ガタン、と音がした。
「ん?」
何かが落ちたようなそんな音。
その音は、藍鉄に紹介された妹の蘇芳が寝ているらしい部屋。
「まさか、倒れたとかないよな」
もしものことに、若干怖くなる蒼月。
妹が居なくなる。
たった二人だけで暮らしているといいう藍鉄の辛さはきっと分かることはできないだろうが、妹が、家族が居なくなるという辛さなら十分に知っている。
「ん………よしっ」
意を決していつも固く締められているその部屋の襖を蒼月は開け放った。
「蘇芳ちゃん、大丈夫、か………は?」
開け放った襖の奥には、一人の少女が座っていた。
しかし、人にはあってはならぬものがある。
陽炎のように揺れるその耳と尻尾。
「よう………こ………?」
ついっと動かされた視線に囚われて、蒼月はその場から一歩も動けなくなる。
スッと細められたその眼に、心臓がバクバクとものすごい早さで鼓動を始め、冷や汗が背中を伝う。
「………あの子と、同じ匂い?」
かくんと傾けられた頭。
それと同時に後ろで何かを落とすような音が響く。
「蘇芳っ!」
「………てっちゃん………ねぇてっちゃん」
視線が外された蒼月は、糸が切られた操り人形のように畳の上に尻もちをついた。
部屋を出ようと一歩を踏み出した蘇芳の肩を藍鉄が抑えるその光景をまるで一つの絵を鑑賞するかのように眺めているしかなかった。
「蘇芳、部屋にもどろう?」
「………でも、てっちゃん、あれ」
「今は駄目。ほら、いい子だから、ね?」
蒼月は、ただその光景を後ろから眺めていた。
「月さん、少し………少し、居間の方で待っていてもらえますか」
その声の後、襖が勝手に勢いよくしまり、がちがちに固まっていた蒼月は自分の意識で体を動かせるまでに回復する。
振り向いた先、居間にある囲炉裏には火がともっていたが、全く温かく感じなかった。




