17 誤算と修祓の話
その視覚情報が入った時、藍鉄は思わず“狼”に乗って赤い妖気の流れの中心に駆けだしていた。
「え! 嘘!? なんで」
向かう方向からそんな声が聞こえて来る。
安全な修祓ではあってはならない、予想外を示す、そんな声。
「きゃあぁあああぁあぁ!」
女性の陰陽師が倒れ、それを守るように藍鉄が作った式紙か化け物と対峙する。
何があったのか。
答えは簡単だ。この化け物は二匹いたのだ。
一つは依頼で言われていた通りまだ魂に輝きが残っている喰われかけの青年、もう一匹は自ら名を上げようと化け物に突撃し狂気に感染し妖に完全にその体を乗っ取られた陰陽師。
「ちっ」
藍鉄が地下付いて来たのをその元陰陽師は察知したらしく、既に人間の姿をギリギリ保っているだけの肉体は、真後ろである藍鉄を見て嗤う。
「美味ソウ」
「そうですか? 僕はそう思いませんけどねっ」
藍鉄は狼を紙に戻して、小刀へと変形させると化け物と退治する。
「喰ワセロ」
女性陰陽師は既に藍鉄の作った式紙が術の範囲外へと引っ張って行っている。
「嫌ですよ、言ったでしょ? 僕の魂は美味しくないですよって」
知覚できる範囲に誰もいなくなったことを理解した藍鉄は、化け物の攻撃を避けながらもう一匹の魂から鬼が剥がされたのを確認して、全ての式神を今いる場所へと集める。
すでに気が付いている何人かがこちらを目指して走ってきているが、それよりも早く、藍鉄が構想していた術式が完成する。
「さぁ、最期に残したい言葉はありますか?」
周囲を埋め尽くす、紙へと戻った式紙たちが藍鉄と化け物を取り囲む。
「ソノ魂、俺ニ、寄越セ」
「僕の魂は僕の物です」
藍鉄に伸ばされる手。
避けようともしない藍鉄の体に、届くか届かないか、その瞬間に化け物の体に藍鉄の放った式紙が貼りつく。
動きを止めた化け物のその首元目がけて、手に持った紙刀が一閃させられる。
一瞬。その一瞬で、人間だった化け物の首が飛んだ。
散った血が、藍鉄の顔に飛んだ。
「藍鉄クン!」
「少年!」
もう動かない化け物を見下すその眼に、一切の感情は見られない。
―――喚べ
藍鉄の頭の中に、妖艶なささやきが響く。
―――我を、喚べ
自分の中で響き渡るその声を収めようと、自らの体を抱き、その場に膝をつく。
―――さあ、我を、喚べ
だんだんと強くなるその声に反応するように、化け物にぴったりと張り付いていた呪符と化した式紙が緑色の炎と化す。
「誰が、呼ぶものかッ」
振り絞ったその声を耳に入れた陰陽師はいない。
全員が緑のも炎に呑まれ消滅していく元同僚の姿に目を奪われていた。
―――お前は喚ぶさ、この我を
藍鉄は袖で顔に散った血を拭うと、緑の炎から目を逸らした。
「僕の魂は僕の物だ。誰にだって渡してやるものか」
その瞳の奥で揺れる炎の色は、ただ一人、巫女だけが見ていた。




