16 安全な修祓の話
その黒いトラックは、全くスピードを落とさずに公道を走り抜ける。
どの車も、黒いトラックをよけるように停車し、緊急車両が通り抜けるときよりもなめらかに素早くその行動を起こしていく。
誰もが、そう誰もがそのトラックの進行を妨げない。
「ここは藍鉄クンにお願いするわ」
「そんなに沢山の式紙………大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
頷いてさっそく自分の役割である多くの式紙の同時操作を引き受ける藍鉄。
周囲は霊力の枯渇と技量について心配する視線を浴びせるが、絶対にできるという確信がある藍鉄ははっきりと肯定し、藍鉄のことを今までの仕事で知っている同業者は、一言任せたと言って自らの役割について話し合う。
藍鉄にとって三十基の式紙の同時操作などお手の物だ。
―――お父様は最低五十基の平行操作をしていた
藍鉄の瞳の裏に映るのは、まだまだ追いつけない父の後ろ姿だ。
三十基の同時操作など、簡単すぎて暇と言ってもおかしくないだろう。
そこに安心から来る妥協や手抜きなどないが、時間があるうちにと、六十枚の紙を並べ、このトラックの中で貸してもらった筆で一枚一枚全く同じ文様を描いていく。
「何をやってるんだ?」
「補強です。霊力を奪われて紙に戻ってしまわぬように印を刻んでます」
「は?」
殆どの陰陽師は式紙を使用するが、霊力を吸ってしまう妖怪と対峙しなければならない時の為に筋力を鍛え、霊力を扱えない人を自らの式として契約して前線に出したりもする。
霊力を奪われない文様は、誰もが研究し誰もが失敗してきた陰陽師の命題とも言えるものであろう。
藍鉄が自ら開発して使っている文様も、藍鉄だからこそ使用できるのであって、普通の者が挑戦しても使用できるはずがないものである。必要な霊力の多さと、必要とされる器量、その文様に対する知識、どれか一つが欠ければ発動しないし、この全てをクリアできていても時間制限がある。これもある意味では欠陥品なのである。
「その文様売ってくれたり………」
「すみません。同業者相手に商売をする気はないので」
「あ、そう言えばそうだったね。ごめん」
「いえ………」
藍鉄は多くの呪術を改良してきた。
趣味が呪術の制作と改良なだけあって、作られるその呪術は革新的なものが多く、売ればかなりの金額になるだろうが、売るとなると静かに暮らしていくことはきっとできなくなる。そう考えて、売ってくれと言う頼みは全て断っている。
すべて文様を描き終わったら、二枚ずつ両手に挟んで文様を描いた方を重ねていく。
占めて三十枚、要求された式紙の制作が終了したと同時にコンテナにまったく衝撃を与えずにトラックが停車した。
「着いたわ」
コンテナの後ろの扉が開かれる。
目の前に広がるのは真っ赤に染まった森。
純粋ではない赤は、妖怪が垂れ流す妖力が強まって可視化されてしまったものだろう。
「手筈通りに」
全員がそれぞれに動き出す。
藍鉄は、全員がコンテナを出たところで、全ての式紙を空中へと放り投げ、その全てにの姿形を変化させる。
「“行け”」
変化させられた式紙の半分は赤い霊力が垂れ流されている先へ。あと半分は他の陰陽師のフォローに。
最後に自分の横に“狼”を召喚すると、その腹に寄りかかり、体を預ける。
藍鉄の仕事は一番安全なこの場所から全体の動きと現状を管理すること。
三十基、六十の瞳の情報をたった一人で処理していく。
藍鉄はゆっくりと目を閉じ、化け物と退治している自らの式紙へと意識を沈めていく。
至極安全で安心な化け物退治が、始まった。




