11 実感と遭遇の話
木刀の振り方を教わってからと言うもの、蒼月は今までよりも鍬が振り下ろしやすくなっているのに驚いていた。
「お? 蒼月、ちゃんと腰に力入れられるようになったじゃないか」
「え、そう?」
夏も終わり、そろそろ畑を裏返さなければとならなくなった、そんな季節。
トラクターを買えるほどの売り上げが出ているわけではない村の農家では、蒼月はかなりの優良物件と化していた。
そう簡単に変化なんぞ起きるわけでもないが、何年もその様子を見てきた村の人々は、その蒼月の鍬の下ろし方に感動し、これなら腰を痛めずにもう少し収穫量を増やしてもやっていけるかもしれないと打算的な考えをしながらにやけ、すくすくと育つ孫のような蒼月をほほえましく見つめていた。
「前までは腰が引けてたからなぁ」
「何それかっこ悪い! 俺そんなに腰引けてたの?」
「こんな感じだったぞ」
わざわざ腰が引けてなかなか土が掘り起こせない少し前の様子を見せつけられ、蒼月は頬を赤く染めて地面を転がりまわりたくなるが、泥だらけで帰ると母親に怒られるため、代わりにいつもより多くの面積を鍬で掘り起こした。
「ふぅ………」
「ありがとなー」
「ううん! いつでも呼んで!! 次はお隣なんだけどね」
「あはは、また頼むよー」
商業用の畑ではなく、家庭菜園の方の野菜を貰い、蒼月は家へと帰る。
来た時には空っぽだったリュックサックも、今はかなり重くなっているが、蒼月は楽しくて全く重く感じなかった。
「今日の夕飯は何かなー」
「楽しそうだね、少年」
「あ、時雨サマ」
そんな帰り、山はずれから出てきた時雨と蒼月は出くわした。
「何でそんなに楽しそうなんだい?」
「最近鉄、あ、藍鉄に木刀の振り下ろし方を教わったんだ! それでか前よりうまく振り下ろせるようになったみたいで、鍬も楽に振り下ろせるようになってさ」
無邪気な笑顔でそう答える蒼月。
少し考えるように目を細めた時雨は、まるで今思いついたかのように言を重ねる。
「確か少年は妖狐を倒すために剣を学びたいんだよね?」
「そう、だよ。妖狐は、妖狐は俺の妹を殺したんだ………妖狐を倒す為に俺は」
蒼月の、まだ少年らしいその瞳の奥に暗い炎が宿ったのを嬉しそうに眺め、その言葉の途中で切り出す。
「俺の所で剣を学んでみない? 一応俺も陰陽師の端くれだし、退魔が目標ならただ鍬を振るうんじゃなくて、陰陽師の元で学んだほうがいいと思うけど」
さっきまでの少年らしい瞳の輝きは翳り、まるで鬼のように燃やし尽くしてしまいそうな薄暗い炎が蒼月の瞳の中を支配する。
「俺に、妖狐の倒し方、教えてくれんの?」
「いいとも。俺のところに来るといいさ」
にっこりと邪気のない笑顔で時雨は笑い、手を差し出す。
「君の師匠になるんだし、特別にあだ名をつけないとね」
「あだ名?」
「そう。仲のいい友達同士ならあだ名で呼ぶだろう? それと同じさ」
蒼月が時雨の手を握ると、時雨はさらに笑みを深めて言う。
「これから君のことを蒼と呼ぼう。澄み渡る素直なアオ。俺のことは時雨とでも呼べばいい」
「わかった」
早く帰ってお母さんに話してくるといい。
そういわれた蒼月は、一つ頷いて時雨の手を放して走り出す。
「ははは」
一番短い呪は、人の名前だと言う。
名付と言う行為は、その者を縛る縄にもなり得る。
陰陽師にとって、新しい名を与える、と言った行為は自らの手に下らせた、という意味を持つと言うことを蒼月は知らない。




