07 迷子と出会う話
いきなり倒れた同い年らしい少年のその姿に驚いた藍鉄は、助けるのが一歩遅れ、そのまま気を失うまでをただ眺めていた。
「え? なんなんですか………山蛭、見たことなかったんでしょうか?」
ふと手に持ったまだ生きてる兎を見て、これを見たらまだ失神するんだろうなと思った藍鉄は、とりあえず蒼月を家の外に横たえて山蛭をすべて落とすと、兎を持って家の中に入る。
「ただいま、蘇芳」
「おかえり、てっちゃん! あれ? 兎?」
「そう、兎。捌くのお願いできるかな?」
「もちろん!」
家の中で待っていた蘇芳は、帰ってきた藍鉄の姿に微笑むと、その手に持つ兎を受け取って奥の調理場へと入っていく。
「そうだ、外に村の子供が来てるんだ。もしもの時はいつもの方法で」
「あ………うん。分かった」
調理場から帰ってきたその絞り出したような声に、藍鉄は少し眉根を寄せて、兎よろしく、と言って外に出る。
まだ外で転がる蒼月はそのまま気を失っていて、ホッとため息をつくと、貯めてある雨水と手ぬぐいで傷を清め、薬草をすりつぶして作った天然の軟膏をその切り傷に塗り、割いた布で巻いていく。
「何でこんな格好で来たんでしょうかね?」
山に入らない子供は知らないのかなーと思いながら一通り処置を終えた藍鉄は、蒼月が目覚めるまで、すぐ横で静かに竹の矢を作っていた。
「う………うん? あれ?」
「あ、起きましたか、おはようございます」
目が覚めた蒼月は、自分の横で細くした竹を削る藍鉄の姿を認めて、目を瞬かせる。
「あ、確か藍鉄っていう………」
「名乗った覚えはないんですが………」
「あ、俺蒼月。よろしく」
「どうも、藍鉄です」
少年たちのであいとしてはなんとも味気ない出会いだっただろう。
しかし、全てを自給自足して生きてきた藍鉄と、どんな状況にあっても最終的には親と言う庇護してくれる防波堤がある蒼月では、感じ方も違う。お互いをお互いに観察するという選択肢しかない二人にとっては、この程度の挨拶を交わすことが精一杯だった。
「送っていきますよ、もう日が暮れますし」
「え、あ、ありがとう」
一応お礼を言う蒼月に、ちゃんとお礼は言えるんだ、と藍鉄は一つ頷き、腰元の鞄から取り出した紙を手に持ち、召喚する。
「“狼”」
「うわっ」
「どうしたんですか?」
二人で乗ることを意識して作った“狼”は、いつもより一回り大きく、腰を抜かした蒼月を見た藍鉄はもう少し気を使ってあげるべきだったかと唇を噛む。
「な、なにその白い狼!」
「僕の式紙ですが?」
「は? 式神なんて使えるの?」
「いえ、僕は契約していないので神を下すことはできませんよ。これは“狼”の形態をとらせたただの紙です」
言葉を発さない“狼”が、懐くように藍鉄の腹へとぐりぐり鼻頭を押し付け、その頭を微笑みながら撫でる藍鉄の姿に、蒼月は唖然とする。
蒼月が立ち上がり、持ってきたリュックサックを背負うと、藍鉄はひらりと狼の上に飛び乗り、蒼月に手を差し伸べる。
「さあ、乗ってください」
これが馬だったら、中学校で女子が話してる白馬の王子様とかなんじゃないの? とか思いながら、差し出された手を握って狼の背に飛び乗った蒼月。
「しっかり捕まってくださいね」
「うん………え、うっうわぁあぁぁああ」
初めての“狼”の背で一時間。
そんな貴重な体験を過ごしたその日だった。




