06 登山で迷子な話
リュックサックに入っている物は少ない。
弁当と、カメラ、救急セットぐらいだろう。
首からスマホを下げた状態で、元気よく行ってきますと告げた蒼月が向かう先は先日祭りで噂になった山の社。
「絶対見つけて、案内してやるんだ」
あれから時雨のところを何度か訪ね、陰陽師が行ける場所といけない場所の境目を聞き、村の人で社を見たことがある人にどんな社だったのかと話を聞くその行動力を勉強に向けてほしいと思っている親が居ることを知らないのは蒼月本人だけだろう。
「スマホの地図案内でピン止めすれば一発だろ」
村のネット環境はかなり悪い。
ネットを必要としていない人が多いのが一番の理由だが、ネットを利用するのが時雨たち陰陽師と新しく越してきた蒼月たちだけでその家が村の両極端にある、というのも理由の一つだろう。
「よし、登るぞ!」
半袖に半ズボン。
山登りを舐め腐ったその恰好で登り始めたまだ半分都会っ子の蒼月は、陰陽師がたどりつけない境を越えた時点で泣きそうになっていた。
「圏外ってどういうことだよ!」
まるで狂ってしまったかのようにスマホの中に入っている電子コンパスもちゃんとした方向を指さないし、登っていると思ったら下っているのはざらで、拾った石で木に印をつけても、その印を二度と見ることはない。
―――絶対に入っちゃダメだからね?
村の大人たちのその言葉を思い出して、泣きそうになる蒼月。
ふと、温かい雰囲気を感じて、目を前に向けると、少し滲んだ視界に、朱塗りの柱が見える。
「え?」
袖で涙を拭って見直せば、いつの間にか目の前にあった朱塗りの鳥居。
その奥には、古びているがなぜかいつでも温かく迎えてくれそうな、そんな感じの社が建っていた。
「嘘だろ?」
呆然と目の前の風景を眺めるが、確かにそこには社がある。
胸元のスマホに手を伸ばし、その風景をカメラに収めようとするが、何となく、何となくだが、それを写真に収められないような気がして、それでも証拠を持って帰らないとと思い向けたカメラの先には、先ほどまであったはずの温かい社は消えてしまっていた。
「は? え? は?」
スマホから目を話してもさっきまであったはずの朱塗りの鳥居も、その奥に確かにあった社のまるでもともと何もなかったかのように消えてしまっている。
蒼月はギュッとスマホを握りしめ、あり得ない情景を振り払うように走り出す。
さっきまで感じていた温かさでなんとか堪えられていた涙は、ぼろぼろと頬を零れ落ち、声にならない悲鳴を抱えて蒼月は走った。
「はっ、はぁはぁ………ここ、どこだよ」
とにかく下に、そう思って駆け抜けた蒼月は、見事に迷っていた。
スマホを確認するが、未だ圏外。
スマホの使用が当たり前になっていた蒼月にとって、山の中でも電波ぐらいたつだろうと楽観的に考えていたのが迷った原因だろう。
「あーもう! なんなんだよぉ!!」
「うちの前でなんですか、騒がしい」
「うわぁ!」
ばっと後ろを向いた蒼月。
その眼の先には、何度も村の人からその存在を聞いていた、いつも和服姿でいけ好かない藍鉄が立っていた。
「で? 黙ってたら分かりませんけど………とりあえず、うちに来ますか?」
藍鉄の指差した方向を眺めた蒼月はサッと青ざめる。
半ズボンから出た足に黒くうねうね動くものが吸い付いているのだから。
「ひっ」
気負失った蒼月が最後に見たのは、驚いたように目を見張る藍鉄の姿だった。




