11 決心の話
藍鉄は、黒星の死体を家に帰したあと、全速力で小屋へと戻った。
もしも蘇芳が夜のことを覚えていなかったら、朝早く起きた黒星を家へと送り返してきたんだよ、と言ってあげようと、覚えてなければいいなと思いながら帰った藍鉄が見たのは、泣き腫らして布団に座り込む蘇芳の姿だった。
「蘇芳!」
「てっちゃん! 私、私っ!!」
急いで藍鉄が寝室に駆け込むと、その胸へ蘇芳が飛び込み、声を上げて泣き始めた。
「私、なんて、ことっ」
「蘇芳」
「てっちゃんの魂もたべちゃったのかと思ってっ」
「蘇芳」
「やだよ! 化け物になんかなりたくないよ!!」
「蘇芳………」
蘇芳は夜に自分がしたことの全てを覚えていたのだ。
黒星の魂を食べた時の高揚感、双子の兄に死体の血を吸うことを強要したこと、そのすべて一言一句、行動に至るまで蘇芳は記憶していたのだ。
「てっちゃん、お願いがあるの………」
泣き腫らして、そう言った蘇芳の瞳に宿る光が危ないものに見えて、藍鉄は両手で耳を塞ぎたくなった。
「何?」
しかし、自分は兄なのだ。
たった一人残った肉親である妹の全てを受け入れなければと、真っ直ぐ見つめ返して問う。
「私を、殺して………お願い」
その大きな瞳からは、止めどなく涙が流れる。
「蘇芳、蘇芳が居なくなったら、僕は本当に独りだよ」
「………」
「それにね、僕も化け物みたいだ」
「………え?」
「妖狐に乗っ取られた蘇芳が美味しいよって差し出した血、すっごく美味しかったんだよ」
そう言って笑うと、蘇芳は大きく目を見開いて藍鉄を見返す。
「妖狐に乗っ取られてる蘇芳は仕方ないんだ。僕だってご飯がなくちゃ死んじゃう。けどね、妖狐に乗っ取られてないのに血を美味しいと思っちゃった僕は、蘇芳よりも化け物なのかもしれないよ」
悲しく笑う。
抱きしめていた藍鉄が、今度は蘇芳に抱きしめられていた。
「てっちゃんは化け物なんかじゃない。絶対に化け物なんかじゃない」
流さないと決めた涙は出なかった。
しかし、お互いが居なくてはならない存在なのだと再認識するには、十分すぎる時間二人はお互いを抱きしめていた。
「蘇芳」
「なに? てっちゃん」
「寝室に結界を張ってさ、獣の魂やら妖怪の魂やらを封印したのを持ってくるから、それで飢えを凌ごう。もしかしたら質が悪くても食べてれば妖狐は出てこないかもしれないし」
「うん………てっちゃんは?」
「うん?」
藍鉄が蘇芳にしてやれる最良のその場しのぎはそれしかなかった。
父が母を目覚めさせることに全力を注いでいたはずなのにできなかったのだ。藍鉄が今更考えて有効な手立てを思いつけるはずもない。
「てっちゃんは、大丈夫なの?」
「僕は………流れの陰陽師として何とかしてみるよ。ほら、僕は口が回るし、依頼達成の為に血が必要だって言えば、多分分けてくれるはずだから」
「分かった。ごめんね、てっちゃん」
「謝らない。僕たちは立った二人だけの家族なんだから」
「うん………ありがと、てっちゃん」
「どういたしまして」
双子は、降り注ぐ陽光を塞ぐ屋根の下、自らを守る結界を張り、その日を過ごした。
蘇芳が寝た後、起きた藍鉄は、腹が減ったと囲炉裏に火をくべて魚を焼き、食べた。
食べなくては死んでしまう。
魂だけ食べていれば生きていける蘇芳と違って、普通に食べながらも血を飲まなければ蘇芳と同じように周りを巻き込んで目覚めてしまうのかも知れないと思った藍鉄は、ゆっくりと魚を食べた。
「僕の方が化け物らしいじゃないか」
涙は、流れなかった。




