第9話 出会い③
エリィと俺は、広場から少し離れた場所を散歩している。
日もだいぶ傾いてきた。
さっきまで賑わっていた市場の喧騒も遠くなり、人通りも少なくなっているような気がする。
…………。
それはそうと。
なんで俺は手を引かれているんだ……?
「こっちよ、アーク!」
「ちょ、ちょっと待ってって!」
エリィに手を引かれながら、俺はその後ろを歩いている。
小さな手。
前世では孫と手を繋ぐ側だった俺が、今では五歳くらいの女の子に手を引かれている。
…………なんとも言えない気持ちだ。
それに――
「ねぇ、エリィ」
「なに?」
「人通りが少なくなってきてるけど、大丈夫かな?」
「ふふっ! 大丈夫よ!」
「…………」
んー。
全然大丈夫じゃない気がする。
エリィは頭のいい子だ。
通貨のことも知っていたし、ちゃんと勉強もしている。
だけど。
なんというか――
ちょっと抜けている気がする。
本人は認めていないが、そもそも迷子になっている時点で説得力がない。
「やっぱり広場に戻らない?」
「もう少しだけよ!」
「でも――」
その時だった。
ドンッ!!
「――ッ!?」
突然、背後から強い衝撃を受けた。
「きゃぁっ!」
エリィの悲鳴。
何だ!?
振り返ろうとした瞬間――
目の前が真っ暗になった。
「んんっ!?」
何かを頭から被せられた。
袋か!?
「エリィ!」
叫ぼうとする。
だが。
身体が浮いた。
誰かに抱え上げられている。
「んんんっ!!」
暴れる。
必死に手足を動かす。
だが、五歳児の身体ではどうにもならない。
くそっ!
離せ!!
「暴れんな!」
男の声。
次の瞬間――
後頭部に強い衝撃を感じた。
「――ッ」
意識が遠のいていく。
…………。
うん。
不安に思った矢先に――
人攫いに遭ったようだ。
◇◇◇
…………。
次に目を覚ました時。
最初に見えたのは、見知らぬ小屋の窓から差し込む月の光だった。
「…………ん」
頭が痛い。
身体を動かそうとする。
「…………!」
動かない。
両手を後ろで縛られている。
足も縛られていた。
「…………エリィ」
隣を見る。
いた。
エリィも手足を縛られている。
口には布を巻かれていた。
「エリィ……!」
反応がない。
気を失っているようだ。
いや。
よく見ると、目元に涙の跡が残っている。
俺より先に目を覚ましたのか?
叫び続けて――
また眠ったのかもしれない。
「…………」
まずいな。
これは。
どう考えてもまずい。
俺たちは誘拐された。
それも、おそらく身代金目的じゃない。
なぜなら――
扉の向こうから男たちの声が聞こえてくる。
「へへっ! 旦那!」
ひょうきんな男の声。
「身なりのいいガキどもでしょ? いい額つけてくださいよ!」
…………。
やっぱり。
俺たちを売るつもりだ。
続いて、低く威圧感のある声が聞こえる。
「そうだな」
「身なりも綺麗だ」
「女の方は特に高く売れそうだな」
「へへっ! でしょう?」
「だが――」
男の声が少し近づく。
「男の方は、身なりこそ悪くないが……服装がだらしない」
「…………」
は?
「高貴さを感じんな」
「どうせ成り上がりの息子だろう」
…………。
おい。
誘拐されてる最中にまで服装を馬鹿にされるとは思わなかったぞ。
仕方ないだろ。
こんな服、前世で着たことないんだから。
朝、使用人が着せようとしてくれたけど。
五歳児とはいえ、精神年齢八十五歳の俺が女性に着替えさせてもらうなんて恥ずかしすぎる。
だから断ったんだ。
…………。
次から素直に着せてもらおうかな。
「女の方は――金貨八十枚」
「おお!」
「男の方は金貨十枚ってところだな」
「…………」
俺。
金貨十枚。
前世の感覚に無理やり当てはめれば――
十万円。
…………。
安くない?
エリィ八十万円。
俺十万円。
八倍。
「…………」
いや。
今そこ気にしてる場合じゃないだろ。
「男の方が随分安いですが……まあ、交渉成立ですね!」
「まいどありぃ!」
チャリン。
硬貨の音が聞こえる。
どうやら取引が成立したらしい。
ひょうきんな声の男は、そのままどこかへ行ってしまった。
「…………」
まずい。
本当に売られた。
どうする?
逃げる方法は――
「うぅぅぅ……」
隣から声が聞こえた。
「エリィ?」
エリィが目を覚ました。
「うぅ……!」
周囲を見回す。
そして、自分が縛られていることに気づいたらしい。
「うぅぅぅ!!」
エリィが暴れ始めた。
「エリィ、落ち着――」
そう言おうとした時。
バンッ!!
小屋の扉が勢いよく開いた。
「うるせぇ!!」
低い怒鳴り声。
男が部屋へ入ってくる。
月明かりに照らされ、その姿が見えた。
スキンヘッド。
大柄な身体。
髭面。
見るからに怖い。
「うぅぅぅ!!」
エリィが男を睨みつける。
「ガキが!」
男がエリィへ近づく。
「静かにしてろ!」
「――ッ!」
男は――
エリィを蹴り飛ばした。
「ゔっ!!」
「エリィ!!」
小さな身体が床を転がる。
そのまま動かなくなった。
「…………」
頭が真っ白になった。
「エリィ……?」
返事がない。
「…………」
こいつ。
五歳くらいの子供を。
蹴った?
俺は男を睨みつけていた。
どうやら、それに気づいたらしい。
「あぁ?」
男がこちらを見る。
「なんだテメェ」
ゆっくりと近づいてくる。
「気持ち悪い目つきしやがって」
「…………」
怖い。
身体が震える。
前世で八十五年生きた。
色々な人間を見てきた。
だが。
こんな状況に遭遇したことなんて、一度もない。
それでも。
目を逸らしたくなかった。
「なんだ、その目は!」
男の大きな手が、俺の頭を掴んだ。
「――ッ!」
身体が持ち上がる。
そして――
ドンッ!!
後頭部を壁へ叩きつけられた。
「がっ……!」
視界が揺れる。
痛い。
痛い。
痛い。
遠くでエリィが倒れている。
何もできない。
俺には――
何もできない。
《鑑定》があっても。
前世の記憶があっても。
五歳の身体では。
目の前の女の子一人――
守ることすらできない。
「…………くそ」
そこで。
俺の意識は途切れた。




