第10話 出会い④
ガタッ、ガタッ――。
「…………ん」
身体に伝わる振動で目を覚ました。
暗い。
身体が揺れている。
車輪が地面を転がる音も聞こえる。
「……馬車か」
どうやら、俺とエリィは馬車の荷台に放り込まれているらしい。
「…………まずいな」
このまま街の外まで運ばれたら、本当にどこかへ売り飛ばされてしまう。
何とか逃げないと。
そう思って身体を動かしてみるが、手足は縛られたままだ。
エリィも隣で眠っている。
いや――。
眠っているというより、さっき蹴られてからまだ意識を取り戻していない。
「…………」
大丈夫だよな?
不安になっていると――
「ヒヒィーン!」
馬の鳴き声と共に、馬車が止まった。
「こんな時間にどこへ行く!」
外から男の声が聞こえる。
この声……。
衛兵か!?
「明日の朝までに、こいつを運ばなきゃいけねぇんだよ」
ゴリアテの声だ。
「ほう。こんな時間にか」
衛兵らしき男が訝しげに答える。
「中を見せろ!」
――よし!
衛兵! ナイス!
これで助かる!
俺は縛られた身体を必死に動かす。
「んんーっ! んんんーっ!」
ここだ!
子供が二人いるぞ!
気づいてくれ!
しかし――
「…………」
静かになった。
そして。
チャリーン。
硬貨の触れ合う音が聞こえた。
「ふむ。何もないな」
「…………は?」
思わず声が漏れそうになった。
「ははっ! お前も悪いやつだな! せめて馬車を開ける素振りくらいしろよ!」
「見ても変わらないじゃないですか、ゴリアテさん」
「…………ッ!」
衛兵もグルか!
ふざけんな!
戻ったら覚えてろ!!
再び馬車が動き出す。
ガタッ、ガタッ――。
「…………」
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
十分?
三十分?
一時間?
分からない。
窓もない。
外も見えない。
暗闇の中では時間の感覚がどんどん曖昧になっていく。
こういう時、時計がないというのは本当に不便だ。
前世ならスマホを見れば一発だったのに。
「…………」
そんなことを考えていた――その時。
パカラッ、パカラッ、パカラッ――!
外から馬の蹄の音が聞こえてきた。
速い。
こちらへ近づいてくる。
「なんだ?」
ゴリアテの声。
馬は一気に馬車へ追いつき――そのまま追い越していった。
直後。
「――なっ!?」
ゴリアテの声と共に、
ドゴォン!!
「うおっ!?」
凄まじい衝撃が馬車を襲った。
馬車が大きく傾く。
そして――
「んんんんっ!?」
横転した。
荷台から放り出され、地面を転がる。
「――ッッ!!」
いっっったぁぁぁ!!
全身が痛い。
五歳児になってから一番痛いかもしれない。
「…………エリィ!」
隣を見る。
どうやら俺が下敷き――というか、クッションになったらしい。
少なくともエリィに新しい怪我はなさそうだ。
だが、目を覚まさない。
さっきゴリアテに蹴られた一撃が効いているのか……。
心配だ。
「なんだテメェ!!」
怒号が響く。
俺は顔を上げた。
ゴリアテが地面に転がっている。
どうやら馬車から叩き落とされたらしい。
そして、その少し先。
一頭の馬。
その傍らに、一人の老人が立っていた。
月明かりに照らされた、立派なカイゼル髭。
「…………!」
見間違えるはずがない。
セバスだ。
だが――。
昼間とはまるで雰囲気が違った。
「貴様は私を怒らせた」
低い声。
いつもの穏やかな口調ではない。
「我が主家の御嫡男を攫い、傷つけた」
セバスの手が、腰の剣へ伸びる。
「――万死に値する」
「うるせぇ!!」
ゴリアテが立ち上がった。
「死に晒せ、ジジイ!!」
腰に差していた大振りのサーベルを引き抜く。
そして――
「おらぁぁぁぁ!!」
セバスへ斬りかかった。
ズバァァン!!
「――ッ!?」
凄まじい音と共に砂埃が舞い上がる。
地面が――抉れた。
「んんん!!」
セバス!!
口を塞がれていることも忘れ、俺は叫んでいた。
しかし。
「…………」
セバスは無傷だった。
斬撃を紙一重でかわし、ゴリアテのすぐ横に立っている。
表情は冷徹。
昼間に見せていた、穏やかなジジイの顔はどこにもない。
それにしても――。
なんだ、あいつの馬鹿力は!?
地面が抉れてるぞ!?
「…………!」
そうだ。
こういう時こそ――。
「んんえい!!」
――《鑑定》!
《名前:ゴリアテ》
《年齢:45歳》
《種族:人間》
《権能:《剛力》》
《特記事項:元アーリン領兵士》
剛力!
名前からして分かりやすい。
さっき地面を抉った馬鹿みたいな力も、おそらくこの権能によるものだろう。
「ほう」
セバスが静かに呟いた。
「力だけは一級ですな」
「あぁ!?」
「ただ――」
セバスの姿が消えた。
「――それだけですな」
「……え?」
気づけば。
セバスはゴリアテの背後に立っていた。
一拍。
ゴリアテの身体から血が噴き出す。
「がっ…………」
何が起きた?
ゴリアテが膝をつく。
そして、そのまま地面へ倒れた。
「…………」
動かない。
死んだ……のか?
早すぎる。
何も見えなかった。
俺の目には、セバスがゴリアテの横を通り過ぎたようにしか見えなかった。
なのに、ゴリアテの身体にはいくつもの斬撃の痕が残っている。
「…………なんだよ、それ」
権能だ。
そうに違いない。
《剛力》なんて権能を持った大男を一瞬で倒したんだ。
セバスもきっと、とんでもない戦闘系の権能を――。
俺はセバスへ意識を向ける。
――《鑑定》。
《名前:セバス・フォン・ハーゲン》
《年齢:75歳》
《種族:人間》
《権能:《誓約》》
《特記事項:アーク・フォン・ヴェインのお目付役/剣鬼》
「…………?」
誓約?
聞いたことのない権能だ。
俺は《誓約》の文字へ意識を向ける。
《誓約》
《自身が誓った約束を忘れない》
「…………」
それだけ?
いやいやいや。
待て待て待て。
今の動きと何の関係があるんだ?
むしろ――
ハズレもハズレじゃないか!
じゃあ、さっきのは何だ!?
もう一度表示を見る。
《特記事項:アーク・フォン・ヴェインのお目付役/剣鬼》
剣鬼。
なんだこれ。
意識を向ける。
《剣鬼》
《己が修練によって剣の境地へ到達した者》
《剣の境地:剣士/剣豪/剣鬼/剣帝/剣神》
「…………」
修練。
つまり――。
今の剣技は。
権能じゃない。
「…………努力で?」
自分で身につけたのか?
七十五歳になるまで。
ひたすら剣を振って。
あそこまで――?
「アーク様」
「!」
気づけばセバスが目の前にいた。
「ご無事ですか?」
セバスは剣を振るい、俺の口を塞いでいた布だけを切り落とした。
「ぷはっ!」
やっとまともに息ができる。
「セバス!」
「はい」
「どうやって俺を――」
「街中でアーク様を見失いましてな」
「…………」
セバスの眉が僅かに動いた。
あ。
これ、怒ってる。
「街の者に聞いて回ったところ、『だらしない格好をした綺麗な男の子と、綺麗な服を着た女の子が二人で歩いていた』という話を聞きまして」
「…………」
だらしない格好は余計だ!
「その二人がスラム街の方へ向かったと聞き、探し回っておりました」
「ずっと……?」
「ええ」
「…………」
ずっと探してくれていたのか。
すまん、セバス。
昼間に、
『どこかで巻けないかな』
なんて考えていた自分を殴りたい。
「その後、やけに金回りのよい男を見つけましてな」
「ひょうきんな喋り方の?」
「よくご存じで」
セバスがニコリと笑った。
「少々、お話を伺いました」
「…………」
その『少々』、絶対普通じゃないだろ。
「そこでアジトを突き止めたのですが、一足遅く。馬車が出た後でしたので追ってきた、という次第です」
その時。
パカラッ、パカラッ――!
再び複数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
「今度は何だ!?」
身構える。
だが――
「セバス様ぁ!!」
聞こえてきたのは、若い男の声だった。
「一人で先に行かないでください!」
数人の衛兵が馬で駆けつけてくる。
そして地面に倒れているゴリアテを見ると――
「って、もう終わっちゃったんですか!?」
「下手人は私の方で始末しました」
セバスは何事もなかったように答える。
「それより、そちらの少女の保護を」
「はっ!」
「街の衛兵詰所に、女の子を探している女性がおりました。おそらく、その子の連れでしょう」
「了解しました!」
衛兵がエリィを抱き上げる。
「エリィ!」
思わず呼び止める。
返事はない。
だが衛兵が呼吸を確認すると、こちらへ頷いた。
「大丈夫です。息はあります」
「…………よかった」
力が抜ける。
エリィはそのまま、一足先に街へ運ばれていった。
どうやら――。
エリィの連れも見つかったらしい。
「…………さて」
背後から声がした。
嫌な予感がする。
振り返る。
「アーク様」
セバスが笑っていた。
「お話を聞かせていただきましょうか?」
「…………」
笑っている。
めちゃくちゃ笑っている。
なのに――
目が笑っていない。
めっちゃ怒ってる。
「セ、セバス!」
「はい?」
「それより!」
俺は勢いよく身体を起こした。
「さっきの剣!」
「…………?」
「俺にも教えて!!」
セバスの表情が変わった。
「剣を、ですか?」
「うん」
俺は自分の手を見る。
小さい。
何もできなかった手。
今日。
俺はエリィが目の前で蹴られるのを見ていることしかできなかった。
自分が壁に叩きつけられた時だって、何もできなかった。
前世で八十五年生きていようが。
《鑑定》を持っていようが。
相手の権能が分かろうが。
力がなければ――
何もできない。
「俺、強くなりたい」
「…………」
「自分の身くらい、自分で守れるようになりたい」
そして。
倒れたエリィの姿を思い出す。
「それに――」
「今度こういうことがあったら」
俺は拳を握った。
「手の届く人くらい、守れるようになりたい」
「…………」
セバスはしばらく黙って俺を見ていた。
そして――
「承知いたしました」
静かに頭を下げた。
「このセバス・フォン・ハーゲン。責任をもって、アーク様に剣をお教えいたしましょう」
「本当!?」
「ええ」
セバスはにっこりと笑った。
「ただし――」
「…………?」
「そのお話と、今からのお説教は別でございます」
「…………」
逃げたい。
心の底からそう思った。
◇◇◇
翌日。
俺たちは無事に屋敷へ戻ることができた。
エリィも連れの女性と再会し、大事には至らなかったらしい。
そして俺の証言から、昨夜の門番が人攫いに金を受け取り、犯罪を見逃していたことが発覚した。
門番は犯罪幇助の罪に問われ――奴隷身分へ落とされたそうだ。
「…………奴隷、か」
前世の感覚では、とても馴染めるものではない。
だが。
どうやらこれが、この世界の当たり前らしい。
俺はまだ――
この世界のことを何も知らない。
ちなみに。
セバスには小一時間ほど説教されました。
剣の稽古は――
明日から始まる。
お仕事の都合で次の更新が8/24になります。




