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第11話 稽古





昨日、俺は誘拐された。




街で出会ったエリィと一緒にいたところを襲われ、そのまま攫われたのだ。




抵抗することすらできなかった。




エリィが蹴られても。




自分が壁に叩きつけられても。




目の前で起きる理不尽を、ただ受け入れることしかできなかった。




「俺は……無力か」




自分の手を見る。




小さい。




五歳の子供の手だ。




前世で八十五年生きた記憶があろうと、《鑑定》なんて便利な権能を持っていようと。




力がなければ何もできない。




そんなことを考えていると――




トントン。




部屋にノックの音が響いた。




「アーク様。よろしいでしょうか?」




セバスだ。




「どうぞ」




扉が開き、セバスが部屋へ入ってくる。




「失礼いたします」




いつもの立派なカイゼル髭。




昨日、人攫いを一瞬で斬り伏せた老人と同一人物とは思えないほど、いつも通りの穏やかな顔をしている。




「アーク様」




「ん?」




「昨晩おっしゃったことは、本気ですかな?」




昨晩――。




俺はセバスの剣技を見た。




大男のゴリアテを、一瞬で斬り伏せた。




最初は、セバスも強力な戦闘系の権能を持っているのだと思った。




だから《鑑定》した。




だが――




《誓約》。




自身が誓った約束を忘れない。




戦闘にはほとんど役に立たない権能だった。




つまり。




あの強さは権能によるものではない。




セバス自身が積み上げた技術だ。




なら――




俺だって。




学べば強くなれる。




「本気だよ」




俺はセバスを見る。




「俺は、ずっと守られ続けるのは嫌だ」




「…………」




「自分の身くらい、自分で守れるようになりたい」




そして――




昨日のエリィの姿が頭に浮かぶ。




「手の届く人を守れるくらいには、強くなりたい」




俺は頭を下げた。




「だから、稽古をつけてくれ」




「…………」




セバスはしばらく黙っていた。




やがて。




「私の稽古は厳しいですぞ」




「うん」




「アーク様が領主様のご嫡男であろうと、手加減するつもりはございません」




「構わない」




「泣いてもやめませんぞ?」




「…………たぶん泣かない」




「たぶん、ですか」




セバスの口元が僅かに緩んだ。




なんだろう。




心なしか――




楽しそうだ。




「それでも、やりますかな?」




「頼む!」




「承知いたしました」




セバスは満足そうに頷いた。




「では、準備ができましたら修練場へいらしてください」




「分かった!」




「お待ちしておりますぞ」




そう言い残し、セバスは颯爽と部屋を後にした。




「…………」




なんか。




めちゃくちゃ嬉しそうだったな。




嫌な予感がする。




…………まあいい。




俺も準備して向かうか。




     ◇◇◇




身支度を整え、屋敷に併設された修練場へ向かった。




「おお……」




広い。




修練場では何十人もの兵士たちが汗を流していた。




木剣を打ち合わせる者。




槍を振る者。




走り込んでいる者。




二人一組になって模擬戦を行っている者もいる。




カァン!




カァン!




木剣がぶつかり合う音が響いている。




こういう場所を見ると――




少しワクワクするな。




「アーク様!」




「!」




修練場の中央から声が飛んできた。




セバスだ。




「遅いですぞ!」




「えぇ!?」




割と早めに来たつもりなんだけど。




というか。




やっぱりこのジジイ、ノリノリじゃないか?




その瞬間。




修練場が静まり返った。




「…………?」




兵士たちが一斉にこちらを見る。




そして――




ザッ!




その場で膝をついた。




「アーク様!」




「…………」




うわっ。




気まずい!




さっきまで普通に稽古してたじゃん!




俺が来たせいで全部止まっちゃったよ!




「い、いいよ!」




俺は慌てて手を振る。




「僕に構わなくていいから、続けて!」




「…………」




兵士たちは互いの顔を見る。




どうしていいのか分からないらしい。




「アーク様がお許しになった。鍛錬へ戻れ」




セバスが言う。




「はっ!」




兵士たちは立ち上がり、再び稽古へ戻っていった。




「…………疲れるな、これ」




領主の息子という立場。




まだ慣れそうにない。




「いずれ慣れていただかなければ困りますぞ」




「分かってるよ……」




セバスがこちらへ向き直る。




「さて、アーク様」




「うん!」




てっきり木剣でも渡されるのかと思った。




しかし。




セバスは何も持っていない。




「剣を振る前に、まずは前提となる知識から学びましょう」




「知識?」




「左様」




セバスは一本指を立てる。




「まず――《権能》とは何なのか」




「改めて覚えていただきます」




…………。




剣の稽古じゃないのか?




そう思ったが、セバスが真面目な顔をしているので黙って聞く。




「権能とは、神々より与えられるギフト」




「そこまでは分かりますかな?」




「うん。それくらいなら」




五歳になった者は権能授与の儀を受ける。




そこで、その人間に合った権能が神々から授けられる。




そこまではアークとしての記憶にもある。




「では、その先です」




セバスは続ける。




「権能は大きく分けて二種類」




「戦闘系と、非戦闘系に分けられます」




「戦闘系と非戦闘系……」




「左様」




「アーク様の《鑑定》」




「そして、私の《誓約》」




「これらは非戦闘系に分類されますな」




なるほど。




《鑑定》が直接戦闘向きじゃないのは分かる。




《誓約》に至っては、どうやって戦えという話だ。




「対して戦闘系は、その名の通り戦いへ直接作用する権能です」




セバスが腰の剣へ手を添える。




「昨日の男を覚えておりますかな?」




「ゴリアテ?」




「左様」




「奴の一撃は、地面を抉るほどの威力でした」




「あれはすごかったね……」




まともに食らっていたらどうなっていたのか。




考えたくもない。




「おそらく――」




セバスが少し考える。




「あの男は、膂力を強化する類の権能を持っていたのでしょう」




「おそらく?」




「ええ」




セバスは当然のように頷く。




「本人から聞いたわけではありませんからな」




「…………」




そうか。




セバスは知らないんだ。




俺は《鑑定》したから知っている。




ゴリアテの権能は――《剛力》。




だが、セバスには《鑑定》がない。




あの異常な一撃を見て、肉体や膂力を強化する権能だと推測しただけなのだ。




「他にも、通常では不可能な斬撃を放つ権能や、特定の魔法を扱う権能など、その種類は様々です」




「そして、戦闘系の権能が強力な理由は――」




セバスの表情が僅かに険しくなる。




「本人の技量とは別に、その力を行使できることにあります」




「技量とは別に?」




「例えば――」




セバスが腰の剣を軽く叩く。




「同程度の腕前を持つ剣士が二人いたとしましょう」




「片方には戦闘系の権能がない」




「もう片方には《斬撃》のような権能がある」




「さて、どちらが有利ですかな?」




「《斬撃》を持ってる方」




「その通り」




セバスが頷く。




「剣の技量が互角ならば、権能を持つ側にはそれだけ多くの手札がある」




「その差は実戦において、時に生死を分けます」




なるほど。




同じくらいの腕前の剣士なのに。




片方だけ必殺技を持っているようなものか。




そりゃ強い。




「そして――」




セバスが二本目の指を立てる。




「権能は成長します」




「成長?」




これは初耳だ。




「左様」




「授かった直後が完成形とは限りません」




「権能を使い続けることで、神より授かった力が身体に馴染んでいく」




「すると、出力が増したり、できることが増えたりと――権能そのものに変化が現れることがあります」




「…………!」




権能が成長する。




俺は思わず自分の手を見る。




《鑑定》。




最初は物の名前と簡単な説明しか表示されなかった。




だが、疑問を持って情報へ意識を向ければ、さらに詳しく調べられることが分かっている。




これが成長したら――




何ができるようになるんだ?




「まあ」




セバスが自分の胸に手を当てる。




「私の《誓約》は、何十年経っても特に変わりませんでしたがな」




「…………」




悲しいこと言うなよ。




「というわけで、権能について私から説明できるのはこの程度です」




セバスがこちらを見る。




「何か質問はございますかな?」




「んー……」




少し考える。




まだ分からないことは山ほどある。




でも。




今聞いた範囲なら――




「いや、今は大丈夫」




「左様ですか」




セバスが頷く。




「では、アーク様」




「はい」




「なぜ私が剣を教える前に、権能について説明したか分かりますかな?」




「…………」




考える。




戦闘系の権能。




本人の技量とは別に使える力。




そして、相手がどんな権能を持っているのかは、見ただけでは分からない。




つまり――




「相手がどんな権能を持っているかで、戦い方そのものが変わるから?」




セバスの眉が僅かに上がった。




「ほう」




「例えば、剣の腕だけ見て互角だと思っても、相手が力を強くする権能を持っていたら、力比べをしたら負ける」




「あるいは――」




俺は少し考える。




「普通の剣士だと思って距離を取ったら、突然《斬撃》みたいな攻撃が飛んでくるかもしれない」




「だから、相手が何をしてくるか分からないこと自体が危険……とか?」




「…………」




セバスがニヤリと笑った。




「今の説明だけで、そこまで行き着きましたか」




「正解です」




「おお!」




「さすがはアーク様ですな」




褒められた。




ちょっと嬉しい。




「本来、こういった話はある程度身体を鍛え、剣の扱いを覚えてから教えるものです」




「ですが――」




セバスが俺を見る。




「私にも、アーク様にも、戦闘系の権能はありません」




「…………」




「だからこそ」




セバスの声が少し低くなる。




「権能を持つ者と戦う時は、相手が自分にはない力を持っているかもしれないと、常に考えなければなりません」




「技量で勝っていても」




「たった一つの権能で、戦況が覆されることもある」




「そして何より――」




セバスが人差し指を立てた。




「相手が何の権能を持っているのか、普通は分からない」




「…………!」




その言葉で。




俺は気づいた。




待てよ。




普通は分からない?




俺は昨日の戦いを思い出す。




セバスはゴリアテの一撃を見て、おそらく膂力を強化する権能だと推測した。




だが。




俺は違った。




《鑑定》した瞬間に分かった。




《剛力》。




しかも、その名前へ意識を向ければ、さらに詳しく能力を調べられる可能性だってある。




つまり――




戦う前に。




相手の手札が分かる。




「…………」




俺は自分の手を見る。




《鑑定》。




父にはハズレと言われた。




周囲も落胆した。




俺自身だって、最初はハズレだと思った。




でも――




これ。




戦闘でも意外と使えるんじゃないか?




いや。




相手の権能が分からないこと自体が危険だというなら――




むしろ。




かなり強いのでは?




「アーク様?」




「……なんでもない」




まだ決めつけるのは早い。




実際に戦ったことすらないんだから。




それに。




相手の権能が分かったところで――




俺自身が弱ければ意味がない。




《剛力》を持っていると分かっていても。




攻撃を避けられなければ死ぬ。




《斬撃》が飛んでくると分かっていても。




身体が反応できなければ同じだ。




「…………なるほどな」




だから。




知識だけじゃダメなんだ。




セバスが昨日見せたもの。




七十五年かけて積み上げた技術。




俺に必要なのは――




あれだ。




「さて」




セバスがパンッと手を叩いた。




「知識を頭に入れていても、身体が動かなければ――」




ニッコリと笑う。




「ただのカカシですぞ」




「…………」




嫌な予感。




「ということで、まずは身体を温めましょう」




「お、おう」




セバスが修練場を指差した。




「まずは――」




「修練場を二十周!」




「…………は?」




二十周?




この広い修練場を?




五歳児が?




「セバス」




「なんですかな?」




「俺、五歳なんだけど」




「存じております」




「…………」




やっぱり。




このジジイ。




最初から俺を甘やかす気なんて――




一切ないらしい。




こうして。




俺の稽古が始まった。

お仕事の関係で次の更新が8/24になります

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