第12話 気づき
「ぜぇ……ぜぇ……」
苦しい。
死ぬ。
いや、一度死んでるけど。
あれから半年。
セバスの稽古は――
順調にエスカレートしていた。
「あと三周ですぞ、アーク様!」
「ぜぇ……分かって……るよ……!」
最初は修練場を二十周だった。
それが二十五周になり。
三十周になり。
今では――
三十五周。
「…………」
このペースでいったら、来年には八十周とか走らされてるんじゃないか?
いや。
あのジジイならやりかねない。
「三十五周! 終わり!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
俺は膝に手をつく。
もう走れない。
五歳児にやらせる運動量じゃないだろ、これ。
「では、少し休憩を――」
お。
珍しい。
セバスにも慈悲の心が――
「挟んだ後、次は打ち合いですぞ」
「…………」
なかった。
「返事は?」
「……はい」
くそ。
あのジジイ。
絶対楽しんでいやがる。
◇◇◇
休憩を終え、俺は木剣を握る。
この半年。
走っているだけではない。
体力作り。
素振り。
足運び。
受け身。
そして最近になって、ようやく木剣を使った打ち合いも始まった。
まだまだ兵士たちには遠く及ばない。
ましてやセバスなんて――
化け物だ。
だが。
半年間、毎日のように剣を握っていたからこそ、気づいたことがある。
それは――
剣の形だ。
俺は手に持った木剣を見る。
両刃。
訓練用だから刃はついていないが、形状そのものは実際の剣を模して作られている。
そして修練場を見回す。
兵士たちが使っている剣。
長いもの。
短いもの。
太いもの。
細いもの。
多少の違いこそある。
だが――
基本的にどれも両刃だ。
「…………」
そういえば。
この半年間、一度も片刃の剣を見てないな。
例えばセバス。
セバスが使っているのは細身の剣だ。
前世の武器で例えるなら、見た目はエストックに近いだろうか。
もっとも、使い方は俺の知っているエストックとはかなり違う。
セバスは突くだけではない。
とにかく速い。
斬る。
突く。
受け流す。
あの細い剣一本で、全部やる。
一方で、兵士たちは違う。
鎧を身につけ。
盾を構え。
比較的頑丈な剣で相手と打ち合う。
カァン!
カァン!
修練場に金属音が響く。
「…………なるほど」
この世界の戦いは。
少なくとも、この国では――
鎧や盾で相手の攻撃を防ぎながら、頑丈な武器で打ち合うことを前提にしているのか?
切断するというより。
叩く。
崩す。
そして隙を作って、仕留める。
そんな思想に見える。
「セバス!」
「なんですかな?」
「質問いい?」
「もちろんです」
俺は手に持った木剣を見せる。
「訓練用の剣も、実際に使う剣も、基本的には全部こういう形なの?」
「こういう形、とは?」
「両方に刃がある形」
「ああ」
セバスが頷く。
「左様ですな」
「多少の違いはございますが、剣とは基本的にそのようなものです」
やっぱり。
「じゃあさ」
俺は自分の記憶を探る。
「片方にしか刃がない剣は?」
「片刃、ですか?」
「うん」
「例えば……斬ることに特化した剣とか」
「…………」
セバスが少し考える。
そして。
「そういえば――」
「あるの?」
「いえ。私も実物を見たことはございません」
セバスは立派な髭を撫でる。
「ただ、噂程度ですが」
「遥か東方の国では、片側にしか刃のない《刀》なる武器を使う者がいるとか」
「…………!」
刀!?
俺の目が輝く。
刀!
日本人だった俺からしたら――
めちゃくちゃ憧れる!!
前世でも好きだった。
ゲームでも使った。
映画でも見た。
実物だって博物館で何度も見たことがある。
「刀! 本当にあるの!?」
「ですから、噂程度ですぞ」
セバスが苦笑する。
「少なくとも私は見たことがありません」
「そっかぁ……」
見てみたい。
めちゃくちゃ見てみたい。
「しかし」
セバスが続ける。
「私には、いまひとつ利点が分かりませんな」
「え?」
「わざわざ刃を片側だけにする必要があるのでしょうか」
セバスは俺の木剣を指差す。
「戦場では、相手の剣を受けることもあれば、鎧や盾と打ち合うこともある」
「頑丈さを求めるならば、我々の剣で十分」
「斬ることだけに特化してしまえば、激しい打ち合いでは不利になるように思えます」
「…………」
なるほど。
そういう認識なのか。
珍しい。
セバスはかなり聡明な人間だ。
剣についてなら、俺なんかより遥かに詳しい。
そんなセバスですら。
刀については、この程度の認識しかない。
…………。
まあ。
実物を見たことがないなら当然か。
俺だって前世の知識がなければ、同じことを考えたかもしれない。
でも。
斬ることに特化した武器。
片刃。
反り。
そして――
この世界の鍛冶技術。
「…………」
ちょっと気になるな。
俺は木剣を握り直した。
「セバス!」
「はい?」
「今日の稽古が終わったら、鍛冶屋を見に行きたいんだけど」
「鍛冶屋ですか?」
「うん」
「護衛、お願いできる?」
あの事件以来。
街へ出る時は必ずセバスに同行してもらっている。
というより――
一人で出ようとすると絶対に止められる。
当然だ。
一度誘拐されているのだから。
あの事件の直後。
本来であれば、俺を見失った責任を問われ、セバスはお目付役を外されるはずだった。
だが――
俺が父を説得した。
セバスだけの責任じゃない。
そもそも俺自身。
『どっかで巻けないかな』
なんて考えていた。
実際にはぐれたのは事故だったとしても。
そんなことを考えていた俺が、セバスだけを責めるなんてできない。
何より――
最後には命懸けで俺を助けに来てくれた。
だから。
今もセバスは俺のお目付役だ。
「ほう」
セバスが少し嬉しそうに髭を撫でる。
「アーク様は武器に興味がおありで?」
「うん。ちょっと見てみたい」
「左様ですか」
セバスが頷く。
「いいでしょう」
「本当!?」
「ただし」
「…………」
出た。
嫌な言葉。
「稽古が終わってからですぞ」
「分かってるよ」
「よろしい」
セバスが木剣を構える。
そして――
ニヤリ。
嫌な笑顔を浮かべた。
「どれほど優れた武器を持っていようと、使い手が木偶の坊では意味がありませんからな」
「…………」
このジジイ。
「さあ、構えなされ」
「くそっ! やってやる!」
俺も木剣を構える。
◇◇◇
それから。
セバスに散々打ちのめされ。
腕が上がらなくなるほど木剣を振らされ。
ようやく――
今日の稽古が終わった。
「…………疲れた」
「まだまだですな」
「五歳児に求めるレベルじゃないだろ……」
「何か?」
「なんでもない!」
着替えを済ませ。
俺とセバスは屋敷を出る。
目指すは――
鍛冶屋。
この時の俺は。
ただ純粋に。
この世界の武器を見てみたい。
それだけだった。
だが――
この小さな興味が。
やがてヴェイン領の武器を大きく変えることになるなんて。
この時の俺は、まだ知らなかった。
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