第7話 出会い①
「…………うん」
迷った。
俺は今、広場のベンチに一人で座っている。
「この状況……よくないよなぁ……」
セバスとはぐれてしまった。
いや。
『どっかで巻けないかな』
なんて考えてはいた。
考えてはいたけど。
本当に巻いてしまうつもりはなかったんだ。
「…………どうしよう」
この世界のことを何も知らないのに、迷子になるのはまずいよな。
アークとして五年間生きてきた記憶はある。
とはいえ、街へ出た記憶なんてほとんどない。
つまり――
土地勘ゼロ。
帰り道も分からない。
「…………詰んだ?」
いやいや。
落ち着け。
こういう時は下手に動かない方がいい。
セバスなら俺がいなくなったことには、とっくに気づいているはずだ。
なら、人目につく広場で待っていれば、そのうち見つけてくれるだろう。
「はぁ……」
ため息が漏れる。
「はぁ……」
…………ん?
今の、俺じゃないぞ?
横からため息が聞こえた。
何となくそちらを見る。
「…………」
同い年くらいだろうか。
長く綺麗な黒髪の女の子が、一人でベンチに座っていた。
俺と目が合う。
「なにっ!?」
少女がこちらを睨んだ。
「こっち見ないでよ!」
「え?」
いきなり噛みつかれた。
いや。
見たっていうか。
ため息が聞こえたから振り向いただけなんだけど。
「いや! なにもないにょ!」
「…………」
「…………」
噛んだ。
盛大に噛んだ。
「くすっ」
少女が吹き出す。
「何よ、『にょ』って」
「…………」
恥ずかしい。
なんで噛んだんだ、俺。
同い年くらいの女の子とはいえ、俺には前世の八十五年分の記憶がある。
精神的には圧倒的に年上のはずだ。
だが。
女の子と話す機会なんて、前世でも息子の嫁さんか、近所の婆様連中くらいしかなかった。
だからなのか。
妙に緊張する。
「ちょっと噛んだだけだ! そんなに笑うことないだろ!」
「ごめんなさい」
少女はそう言いながらも、まだ笑っている。
「だって、あまりにも可笑しくて」
「…………」
絶対反省してないだろ。
だが。
最初にこちらを睨んできた時と比べると、少女の表情は随分と柔らかくなっていた。
「たまたま横からため息が聞こえたから、振り向いただけだよ」
「ため息?」
少女が首を傾げる。
「私、ため息なんてついてないわよ」
「いや、ついてたよ」
「ついてない!」
「ついてたって」
「だったら私だって、横からため息が聞こえたから振り向いたのよ!」
「…………」
「そしたら、あなたがこっちを見てたんじゃない!」
「…………なるほど」
つまり。
二人ともため息をついていた、と。
少女が俺をじっと見る。
そして――
「あなた、迷子にでもなったの?」
「…………!」
鋭い。
「そうなんだよー」
別に隠すことでもない。
「市場を見に来たんだけど、連れとはぐれちゃって困ってたんだ」
「ふーん」
少女が少しだけ得意そうな顔をする。
なんだ、その顔。
…………。
待てよ。
「君も迷子?」
「ちがうわ!」
即答だった。
「断じて違う!」
「…………」
「私の連れが、はぐれただけよ!」
…………。
うん。
これは迷子だ。
まごうことなき迷子だ。
「それって、はぐれたのは君なんじゃ――」
「ちがうわ!」
「いやでも――」
「断じて違う!」
頑なだ。
絶対に認める気がないらしい。
「そ、そうなんだ……」
まあ。
本人がそう言うなら、そういうことにしておこう。
それにしても。
俺も迷子。
こいつも迷子。
…………。
状況、何も改善してないな。
その時だった。
グゥゥゥゥ――。
「…………」
「…………」
腹の虫が鳴いた。
しかも――
二人同時に。
「え?」
「え?」
顔を見合わせる。
「お腹すいたの?」
「お腹すいた?」
声まで重なった。
「…………」
「…………」
なんだこれ。
少女が再び笑う。
「ふふっ」
「笑うなよ!」
「だって!」
少女は楽しそうだ。
「あなた、面白いんだもの」
「俺は何も面白いことしてないぞ……」
そう言いながら、自分の腹を押さえる。
そういえば。
昨日から色々ありすぎて、ろくに食べていない。
前世の記憶が戻って。
自分が異世界に転生していることを知って。
《鑑定》なんて権能を授かって。
父が倒れて。
その父から次期領主として期待しているなんて言われて。
正直、食事どころではなかった。
「昨日から色々あって、あんまり食べてないんだ」
「あら、そうなの?」
少女が少し驚いた顔をする。
「それは大変ね」
そして、広場の方を見る。
そこにはいくつもの屋台が並んでいる。
肉を串に刺して焼いたもの。
果物。
パン。
サンドイッチのようなものまである。
少女は立ち上がった。
「もしよかったら」
「ん?」
「あそこの屋台で何か食べない?」
「…………いいの?」
「いいわよ」
少女は胸を張る。
「連れのご飯を買いに来たら、その連れが勝手にはぐれたんだもの」
「…………」
まだ言うか。
「だから腹いせよ!」
「何の腹いせだよ……」
どうやら。
この少女は最後まで、自分が迷子だとは認めないらしい。
「ほら、行くわよ!」
「分かったよ」
少女の後ろをついていく。
名前も知らない。
どこの誰なのかも知らない。
分かっているのは――
俺と同じくらいの年齢で。
綺麗な黒髪をしていて。
ちょっと気が強くて。
そして。
俺と同じく――
迷子だということだけだった。
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奇数日に3話づつの掲載になります




