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第6話 市場へ




父と話した次の日。




俺は自分の部屋で考えていた。




「まずは何をするべきか……」




…………。




何も思いつかない。




昨日、父にはあれだけ力強く返事をした。




『父上の期待に応えられるよう、精進いたします!』




なんて言ったものの――




本格的な勉強が始まるのは来年。


俺が六歳になってからだ。




「一年かぁ……」




長い。




せっかく前世の記憶を取り戻したというのに、一年間何もしないのはもったいない。




俺は窓から外を眺める。




屋敷の向こうには街が広がっていた。




そういえば――




俺、この街のことすらほとんど知らないんだよな。




アークとして五年間生きてきた記憶はある。




だが、領主の息子だからなのか、屋敷の外へ出た記憶はほとんどない。




「…………よし」




思い立ったら即行動。




これは前世から変わらない。




「街に繰り出してみるか!」




まずは自分が暮らしている場所を知る。




領主になるための勉強は来年からだとしても、街を見るくらいなら今からでもできる。




俺は部屋を出た。




そのまま廊下を歩き、正面玄関へ向かう。




そして、屋敷から出ようとした――




その時だった。




「アーク様!」




「…………!」




背後から声をかけられた。




振り返る。




そこに立っていたのは、立派なカイゼル髭を蓄えた老人だった。




セバス・フォン・ハーゲン。




騎士爵家の出身で、代々ヴェイン家に仕えている家柄の人間だ。




現在は俺のお目付役を務めている。




「どちらへ行かれるのですかな?」




「…………街」




「ほう」




セバスの眉が僅かに動いた。




「街へ行ってみようと思って」




「お一人で?」




「うん」




「…………」




セバスが困ったような顔をした。




「護衛もつけず、領主様のご嫡男が一人で街へ出るというのは、いささか見過ごせませんな」




「…………はい」




ですよね。




五歳児が一人で外出。




しかも領主の長男。




前世で考えても普通にダメだ。




「…………」




街へ行くのは諦めるしかないか。




そう思ったのだが――




「しかし」




セバスが立派な髭を撫でる。




「護衛がいれば問題ありませんな」




「え?」




「この老体でよろしければ、お供いたしましょう」




「いいの!?」




「もちろんでございます」




セバスが小さく頭を下げる。




「アーク様のお目付役を仰せつかっておりますからな」




「ありがとう、セバス!」




これで街に行ける。




…………。




ただ。




俺は隣に立つセバスを見る。




七十を超えたジジイと五歳児。




二人きりで街へお出かけ。




…………。




ジジイと子供のデートが始まってしまった。




最悪だ。




どっかで巻けないかな……。




そんなことを考えながら、俺はセバスと共に屋敷を出た。




     ◇◇◇




「ところでアーク様」




屋敷を出てしばらくしたところで、セバスが尋ねてきた。




「まずは、どちらへ行かれますかな?」




「んー……」




特に考えていなかった。




街に行こう。




そこまでしか考えていない。




「特に決めてないんだよね。どこかおすすめはある?」




「でしたら――」




セバスが少し考える。




「市場などはいかがでしょう?」




「市場!?」




思わず声が大きくなった。




市場。




前世でやっていたシミュレーションゲームでも、市場は重要だった。




物が集まる。




金が動く。




そして、人が集まる。




つまり――




情報を得るにはうってつけだ。




「そこがいい!」




「では、市場へ向かいましょう」




「うん!」




屋敷から歩くこと、およそ二十五分。




ようやく市場へ到着した。




「…………」




俺は辺りを見回す。




人はいる。




露店も並んでいる。




野菜。




肉。




果物。




布。




見たことのない道具。




様々なものが売られている。




だが――




「あれ?」




思っていたより栄えてないな。




前世のゲームなら、市場といえば大量の商人と人々が行き交う場所だった。




もちろん現実とゲームを比べるのもおかしな話だが。




それでも。




領主の住む街の市場にしては、少し寂しい気がする。




「…………」




まあいい。




せっかく来たんだ。




色々見て回ろう。




市場を歩いていると、一軒の肉屋が目に入った。




店先には、大きな肉の塊がぶら下がっている。




「…………なんだ、あれ?」




牛……?




いや。




違う。




少なくとも、前世では見たことのない肉だ。




こういう時こそ――




《鑑定》だ。




俺は肉へ意識を向ける。




「《鑑定》」




《ブラッドベアのもも肉》


《ブラッドベアのもも肉。やや硬く、独特の癖がある》




「…………ブラッドベア?」




なんだそれ。




熊か?




名前からして物騒なんだけど。




疑問を持ちながら、《ブラッドベア》という部分へ意識を向ける。




すると――




《ブラッドベア》


《非常に凶暴な魔物》


《獲物を襲う際、爪や口元が血に染まっていることが多いため、その名で呼ばれている》




「…………」




怖っ。




何その物騒な熊。




というか。




普通に魔物の肉を売ってるのか、この世界。




俺は隣を歩いていたセバスを見る。




「セバス!」




「はい?」




「ブラッドベアって強いの?」




セバスが少し意外そうな顔をした。




「ブラッドベアですか」




「うん」




「そうですな……」




セバスは少し考える。




「熟練の戦士であっても、一人で相手をするならば倒せるかどうか、といったところでしょうな」




「そんなに!?」




思わず肉を見る。




権能なんてものが存在する世界だ。




その世界で、熟練の戦士でも倒せるかどうか。




…………。




だいぶ化け物だな。




「じゃあ、あそこに売ってる肉ってブラッドベアだよね?」




俺が肉屋を指差す。




セバスもそちらを見る。




「ほう」




そして、少し感心したように俺を見た。




「よくお気づきになりましたな」




「え?」




「《鑑定》を使用されたので?」




「…………」




鋭い。




感がいいぞ、このジジイ。




…………いや。




五歳の子供が突然ブラッドベアの名前を口にしたら、そりゃ気づくか。




「うん。《鑑定》してみた」




「なるほど」




セバスは髭を撫でながら、ブラッドベアの肉を見る。




「早速、授かった権能を使っておられるのですな」




「まあね」




ハズレ権能扱いされている《鑑定》。




だが。




知らないものだらけの俺にとっては、やはり便利だ。




歩くだけで知らないものが見つかる。




それを《鑑定》すれば、情報が手に入る。




「…………市場、面白いな」




「左様ですか」




「ああ!」




屋敷の中にいるだけでは分からないことが、ここには山ほどある。




食べ物。




金。




人。




魔物。




そして――




この世界の暮らし。




もっと見たい。




もっと知りたい。




俺は少しだけ足を速めた。




「セバス、次はあっち行こう!」




「アーク様、あまりお急ぎにならぬよう」




「大丈夫、大丈夫!」




この時の俺は。




街を歩くのが楽しくて仕方がなかった。




だから――




まさかこのあと。




本当にセバスとはぐれることになるなんて。




この時はまだ、思ってもいなかった。

偶数日に3話ずつ投稿予定です

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