第5話 期待
父が目を覚ましたと聞き、俺は呼びに来た使用人と共に父の元へ向かった。
部屋に入ると、父はベッドの上で身体を起こしていた。
「来たか、アークよ」
「父上、お身体は大丈夫なのですか?」
「ああ。心配をかけたな」
父――バルド・フォン・ヴェインは、相変わらず顔色こそ良くないものの、先ほどよりは随分と落ち着いているように見える。
「アーク」
「はい」
「権能授与の儀では、酷いことを言ってしまった」
父は少しだけ目を伏せた。
「すまなかった」
「…………」
まさか謝られるとは思っていなかった。
五歳の息子が授かった権能を聞いて、その場で落胆。
挙句の果てにはぶっ倒れたのだ。
前世の感覚なら、なかなか酷い話である。
「ただな……」
父が俺を見る。
「私は、お前に期待していたのだよ」
「期待……ですか?」
「ああ」
父はゆっくりと頷いた。
「ヴェイン家の長男として生まれ、人当たりもよく、物覚えもいい」
「幼いながら、お前は賢い子であった」
「…………」
どうやら、俺は期待されていたらしい。
「それに今は――乱世だ」
「…………乱世?」
思わず聞き返しそうになった。
乱世。
今、乱世って言ったよな?
「このような時代だ。領地を守るためにも、次代を担う者には力が必要となる」
父は自分の手を見つめる。
「だから私は、お前に期待してしまった」
「剣に関する権能か」
「あるいは、強力な魔法を扱える権能か」
「兵を率い、このヴェイン家を守ることのできる力を――とな」
なるほど。
それで《鑑定》と聞いた瞬間、あの反応だったのか。
期待が大きかった分、落胆も大きかった。
その結果――
ぶっ倒れた、と。
…………期待しすぎだろ。
「授かった権能が《鑑定》と聞いた時は、正直に言えば落胆した」
「…………はい」
「だがな、アーク」
父がまっすぐ俺を見る。
「私はまだ、お前に期待している」
「…………!」
「権能だけが、領主の資質ではない」
その言葉を聞いて。
ふと、先ほど自分の部屋で試した《鑑定》のことを思い出す。
周囲からはハズレ扱いされている。
だが、使い方によって得られる情報が変わることを、俺はすでに知っている。
もしかすると。
父が思っているほど、悪い権能ではないのかもしれない。
「アーク」
「はい」
「権能授与の儀から一年後――お前が六歳になったら、本格的な教育を始める」
「教育……」
「そうだ」
「算術」
「読み書き」
「領地経営」
「そして、この国を取り巻く世界情勢」
父は一つずつ挙げていく。
「いずれヴェイン家を継ぐのであれば、学ばなければならないことは山ほどある」
「…………」
世界情勢。
さっきも父は「乱世」と言っていた。
俺はこの世界のことを、ほとんど何も知らない。
どんな国があるのか。
ヴェイン家がどんな立場なのか。
誰と争っているのか。
なぜ乱世になっているのか。
知らないことばかりだ。
正直――
かなり気になる。
「そこで目覚ましい結果を残すことができれば――」
父が言葉を区切る。
「お前を次期領主として育てていくつもりだ」
「…………」
次期領主。
改めて言われると、かなり重い言葉だ。
前世では普通の人間として生きてきた。
仕事をして。
家族を持って。
子供を育てて。
趣味を楽しんで。
八十五歳で人生を終えた。
それが二度目の人生では――
領主の息子。
しかも、その跡継ぎ候補。
人生とは分からないものだ。
「アーク」
父が俺を見る。
「期待に応えてくれるか?」
「…………」
俺も前世では親だった。
だから、少しだけ分かる。
自分の子供には期待してしまう。
才能があろうとなかろうと。
出来が良かろうと悪かろうと。
可愛い我が子だからこそ――
期待したくなる。
この人も同じなのだろう。
《鑑定》なんてハズレ権能を授かった息子に失望した。
それでも。
まだ期待してくれている。
なら――
その期待には応えたい。
「はい!」
俺は父の目をまっすぐ見た。
「父上の期待に応えられるよう、精進いたします!」
「…………そうか」
父は小さく笑った。
「期待しているぞ、アーク」
「はい!」
力強く返事をする。
六歳から勉強が始まる。
それまで、あと一年。
…………。
ん?
一年?
俺はふと気づいた。
じゃあ――
それまで何すればいいんだ?
せっかく前世の記憶を取り戻したというのに。
一年間。
何もしないのは、さすがにもったいない。
まずは――
この世界のことを知ろう。
俺はまだ。
自分が暮らしている街のことすら、ほとんど知らないのだから。
偶数日に3話ずつ投稿予定です。




