第2話 知らない天井
夢を見た………。
人並みに学校生活を楽しみ、大学を卒業して就職した。
挫折もした。
実家の家業を引き継ぎ、最愛の妻と出会い、子供ができた。
やがて孫も生まれた。
周りには、亡くなったはずの友人たちがいる。
みんなに囲まれて笑っている。
そんな――幸せな夢だった。
「私は死んだのか……悪くない人生だった」
後悔はない。
ただ――最後に家族へ一言、言いたかったな。
そして。
俺は目を覚ました。
目に映ったのは――
『知らない天井』
…………ではなかった。
白い天井。
鼻につく消毒液の匂い。
一定の間隔で鳴り続ける電子音。
「……病院、か」
意識が混濁している。
頭が上手く回らない。
ゆっくりと横を向く。
そこには息子夫婦がいた。
「お父さん!!」
「父さん!!」
二人とも泣いていた。
「私は……どうなっていたんだ?」
「意識が混濁していて、何がなんだか……」
「父さん、出口のおじちゃんが電話してくれたおかげで、部屋で倒れてるのが分かったんだ!」
息子は涙を拭いながら続ける。
「三日間も目を覚まさないもんだから……俺たちも覚悟したよ」
三日……。
なんと、俺は三日間も意識を失っていたらしい。
「……そうか」
ぼんやりと天井を見つめる。
「夢を見たよ」
「夢?」
「ああ」
「お前たちや、仲間に囲まれている幸せな夢を……」
出口。
杉田。
先に逝った昔の仲間たち。
妻。
子供。
孫。
みんながいた。
「ただ、最後に一言言えなかったのが悔しかったのか……戻ってきてしまった」
「父さん!」
息子が俺の手を握る。
「縁起でもない。そんなこと言わないでくれよ!」
「……いいや」
自分の身体のことくらい分かる。
長く生きたからこそ、なんとなく分かってしまう。
「私はもう、長くない」
「…………」
「最後のわがままだ」
俺は息子夫婦を見る。
「私が死ぬまで、近くにいてくれないか?」
息子は俯いた。
しばらくして、小さく頷いた。
「……当たり前だろ」
それから。
俺の病室には家族が集まった。
孫のあきらも来てくれた。
「おじいちゃん……」
「おお、あきら」
「ゲーム……まだ途中なんでしょ?」
「…………そうだったな」
最後のチャプター。
結局、クリアできなかった。
「おじいちゃんが元気になったら、一緒にやろうよ」
「……ああ」
俺は笑った。
「そうだな」
その日の夜。
出口と杉田とも話すことができた。
『もっちゃん! 勝手に死ぬんじゃねぇぞ!』
電話越しに出口の馬鹿でかい声が響く。
「病室だぞ。やかましい」
『うるせぇ! 心配したんだから仕方ねぇだろ!』
「八十五にもなって泣くなよ」
『泣いてねぇよ!!』
「泣いてるじゃねぇか」
相変わらずだ。
昔から何も変わらない。
『……もっちゃん』
今度は、杉田の声が聞こえた。
「なんだ、おっちゃん?」
『楽しかったな』
「…………」
俺は少しだけ黙った。
学生の頃。
朝までゲームをした。
馬鹿なこともした。
仕事を始めてからも遊んだ。
結婚して、子供ができて。
年を取ってからも、結局三人でゲームをしていた。
「……ああ」
楽しかった。
「六十五年もお前らと遊んだんだ」
『長ぇなぁ』
「長すぎるくらいだ」
『まだ足りねぇよ!』
出口が割り込んでくる。
「お前は本当にやかましいな」
思わず笑ってしまった。
でも。
こうして話せてよかった。
「出口」
『なんだよ』
「おっちゃん」
『うん』
少しだけ息を吸う。
「ありがとうな」
電話の向こうが静かになった。
『…………おう』
『こっちこそ』
それから二日後。
俺は家族に囲まれていた。
息子。
その嫁。
孫。
そして、愛する家族たち。
身体にはもう、ほとんど力が入らない。
それでも不思議と怖くはなかった。
一度目は突然だった。
何も言えずに意識を失った。
でも今回は違う。
ちゃんと言える。
俺はゆっくりと目を閉じる。
「ありがとう……」
それが――
俺の一度目の人生、最後の言葉になった。
もっちゃんも息子も晩婚です。




