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それぞれの武器

仙台の船に戻った鈴たちは、すでに帰ってきたイロハに迎えられた。


「町の方はどうだったの?」

「収穫あったよ」


鈴がそう言うと、ニホが驚いたように目を見開く。

確かに一軒も商談していないし、商品を売り込んでいたわけじゃない。


でもまずは売るところの土地を知ってから、初めて売るものを決められるのだ。

するとイロハも「私もよ」と頷いた。


「味噌と塩は、かなり売れると思うわ」

「ホント? 物がないのにスゴイね」


手元には試供品で持ってきた量しか持ってきていない。

どうやって売りさばいたのだろう。やっぱりイロハは、私とは見えている世界が違う。

だが、イロハは複雑な表情を浮かべた。


「十年経っても腐らない味噌」

「はい?」

「あなた、江戸に来た時にそう言って売り込んだそうね」


鈴は江戸に行った時のことを振り返ってみる。

いや、その謳い文句を言ったのは鈴ではなく治憲様だったはずだ。


江戸での商談を見ていた者から話が伝わったのだろうか。

その旨を伝えると、イロハは「どっちでもいいわ」とため息を吐いた。


「私が売りこむまでもなく、皆欲しがったわ。手元になくてもね」


ただし商品がないので、確約ではないらしい。

そのため売り上げとして数えると三藩の中でドベで、商品が届いて初めて対等以上になれるとのことだ。


それでも物が届けば味噌は完売できる。

幸先のいい出だしだ。


「やったね! じゃあ、あと売ればいいのは……」


鮫製品と、ナルト肉である。

どっちも売るのにはクセがありそうだ。


ちなみにナルト肉は一旦水気を抜いており、腐る心配はほぼない。

そのままでも食べられるし、お湯にしばらくつけておけば柔らかさも取り戻す。


仁八、六郎太、三吉。

この三人の技術を結集して作り出したナルト肉は、仙台で生まれた新しい特産品の一つだった。


ただ問題は、堂々と売り出せないことである。

日ノ本では肉を食べることで穢れる忌避感がまだ根強い。

そのため江戸の売り方に倣って「滋養のある薬食い」として売ることにしていた。


(まあ見た目じゃ肉って、分からないしね)


味は保証できる、仙台の民の皆が祝い事で口にしたという実績もあるのだ。

しかし、どうしたものか。


当初の想像では、味噌は市井に降ろし、高級品である鮫製品や薬であるナルトは武家に降ろすつもりだった。

なので、どちらかと言うと味噌の調査を進めていたのだが、無駄足になりそうである。


(せっかく市場を調べたのに、予想が外れちゃったな)

味噌関係を中心に考えていた盤面の駒を一旦払い落し、鮫製品とナルトを中心としたもので改めて考える。


(……そういえば)

どちらも売れそうかもしれない相手の候補が、もう一つだけあったことを思い出した。




翌朝。

昨日と同じように鍋島城へ登城した面子を見送り、鈴たちは城下を歩いていた。

今日はトシが籠を背負っており、中には大事な試供品が入っている。


「茂は蘭語話せるんだってね」

「はい。姉上ほどではありませんが。父上の影響で、蘭学に触れる機会は多くございました」


すごい。

異国の言葉を話せるというのは、いったいどういう気持ちなのだろう。

そして今日はその力を借りたく、一緒についてきてもらっている。


高級品を好み、異国の食文化にも抵抗が少ない。

そんな相手は――。


「昨日見かけた異国の人たち……なら、可能性ありそう」


そう、海の向こうから来た客人たちである。

お礼はしてくれる、と言ったミクニの言葉に甘えて今日は茂姫を頼らせてもらおう。


「でも、リン。相手が阿蘭陀《オランダ》人だって確認したの?」

「全員じゃないけどね。イロハに昨日確認とっておいた」


イロハは蘭語を話すことはできないが、読むことはできるそうだ。

やはり藩の御姫様って、教養が高いのだとつくづく感じた次第である。


「イロハ姫様は特別です。普通は読めません」

ニホがそう補足した。イロハが特別優秀であることを分かって貰いたいらしい。


そこは疑ってないよ、大丈夫。





やがて鈴たちが着いたのは、阿蘭陀《オランダ》商館だった。


何か、形が全然違う。

赤みを帯びた壁の建物が並び、屋根の形も町並みも見慣れたものではない。

本当に別世界に来てしまったようだった。


ちなみに今日は一応商品を持ってきてはいるが、目的は下見である。

相場すら合っているか分からない。

まずは、売れるかどうかを確認しなければならない。


「―――」


道行く人に茂姫が話しかけ、情報を集めてくれる。

そしてなぜかトシもそれに混ざって、会話に加わり始めた。

鈴はその様子に首を傾げた。


「言葉、わかるの?」

「全然」


手を振りながら去っていく異国風の男に、トシは手を振り返していた。

彼の横で、茂姫は驚いた様子で目を丸くしている。


「でも手ぶりで、案外伝わるものだよ」


知識ではなく、人と向き合う力。

トシには鈴にはない才能があるのだと改めて思った。


その夜、トシは茂姫から聞いた言葉を何度も口にして練習していた。





---

その日は情報を集めることに専念し、需要があるかどうかの様子を探った。


「売れそうではあるけど、僕には価格が適正かどうかが分からないんだよね」

トシの話に鈴も頷く。


「江戸では値段もピンキリだったけど、高級品は両単位の取引だったからね」

阿蘭陀の貨幣を見た時には、これがいくらの価値があるのか誰も知らなかった。


「申し訳ありません、私の勉強不足です」

「仕方ないよ。私なんて会話にすら加われなかったもん」


話し合いや相場の調査は、主に茂姫とトシがやってくれた。

だが貨幣単位が分かっても、それが本当に適切かどうかを判断できる人がいなかった。

そして、昨日と同じようにイロハに相談する。


「……なるほど、異国の人に売るというのは面白いわ。でも私も経験がないの。調べてみるわ」


イロハは既に売る側の仕事はほぼ完遂していて、買う側の準備を始めている。


仙台は商売にしに来ただけではない。

飢饉のための米を買いに来たのである。


とりあえず阿蘭陀への販売は、価格が判明するまで差し控えることになりそうだった。




翌朝。

昨日と同じく船を降りると、そこには茂姫とミクニがいた。


「あれ? 城の方での売り込みはもういいの?」

「唐物はあらかた売ったんだけどね。売れ残っちゃったのがあるの。だから私も阿蘭陀人との取引、混ぜてくれたら嬉しいなぁ……?」


それは、どうしよう。


売り上げの競争ということでなければ喜んで協力するのだが、この場で頷いてしまっても良いものだろうか。


「私、仙台の鮫製品を阿蘭陀人に扱ってもらった経験もあるよ。絶対に仙台にも損はさせないから!」

ミクニは売り上げと利益の取り分を指で示す。


鈴はざっと計算する。少なくとも仙台側が損をする条件ではなさそうだ。

丁度そのことで頭を悩ませていたのだ、仙台側にとっては渡りに船である。


あとはイロハの許可だけだ。

まだ出発前だったイロハに確認すると「構わないわ」とのことだった。


「大丈夫だって。是非お願いしたいよ」

どのみち売れなければ意味がない。

経験がある人にお願いできるならそれに越したことはない。


「ちなみに薩摩側は何が売れ残ったの?」

「夜明珠と珊瑚。どっちも高すぎて、藩じゃ買い取ってくれなくて」


それ、清の国では皇帝に献上するような品じゃなかったっけ……。


阿蘭陀の人が買い取ってくれるかどうかは分からないが、逆に欲しがるかもしれない。

鈴たちは阿蘭陀商館に向けて歩き出した。




「鮫商品は、清国のものよりも品質、センス……見た目もよい、と言っているようです」


阿蘭陀商館で、鈴は横に座る茂姫の言葉を聞く。

交渉自体はミクニがやってくれており、トシがそれに加わって商品を売り込んでいる。

驚いたことに、トシは片言ながらいくつかの蘭語を話していた。


「この流れですと、鮫商品はすぐ売れそうです。ナルト? の商品も、阿蘭陀の方は見てみたいと言っていますね」


トシは干したままのナルト肉と、お湯で戻してぷるぷる状態になったナルト肉を並べて阿蘭陀人に差し出す。

彼らが目を見開き、何か話しているのか分からないが驚いているようだ。


「……彼らの話は本当ですか?」

「話って?」

「これは肉だ、と言っています。私は薬だとお聞きしていましたが」


少し問い詰めるような表情で、茂姫が目を細める。

ミクニも阿蘭陀の人にそう言われて少し戸惑っているようだった。


「仙台では許しを得た上で、滋養のための食として出しているんだ」

「そうなのですか……? 藩のお許しを得た上で、ということですね?」

「飢饉の間だけなんだけどね」


なるほど、と茂姫は頷いた。

トシもすぐさま説明を始め、それを横にいたミクニが翻訳する。


「ちゃんと許可を得てお出ししたものです。仙台では特例で、年明けの振舞いの品として出されました」

「We hebben dit geserveerd na de vereiste toestemming ―――」


その言葉を聞いて安心したのか、阿蘭陀人はほころんだ顔で短剣と二又の楊枝を取り出す。

どうやら、味見して良いか聞いているようだ。


箸で食べるんじゃないんだ、さすが異国の文化である。


お湯で戻した方のナルト肉を器用に短剣と楊枝で切り分け、口に運ぶ。

なんといっているか分からないが、すごい興奮状態だ。


「日ノ本でこれを食べられるとは思わなかった、交渉したい。どれくらい用意ができる、と聞いているようです」

(売れた……!)


思わず拳を握る。


一番売れるか不安だった品が、一番強く相手の心を動かしていた。

阿蘭陀商館に出入りする商人や関係者だけでなく、周囲の家からも人が押し寄せるような事態となった。

それからは「どれくらいの数が用意できるか?」 の話になっていく。


ミクニが指で輪っかを作る。

人が集まれば需要も高くなり、富豪御用達の商人に珊瑚も売れた。


それぞれの目玉商品が売れ、トシ、そして茂姫もホッとしていた。



「さすがに、夜明珠は売れなかったかー」

交渉が佳境になり、あとは商品の受け渡しの相談になってミクニが残念そうに呟いた。


そりゃ売れればすごいけど、確か城が立つくらい高価なものだって聞いたことがある、あれ一つで。


結果的には売れ残ってしまったようだが、島津側としてはほぼ完売に近い状態でその日を終えられた。

鈴たちも仙台の商品をほとんど捌くことができ、ようやく肩の力を抜いた。



これで、米を買うための道筋が一つ開けた。

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