星たちの行く末
「ゆくさ、イロハ! リン! 会えて嬉しいかど」
「出迎え痛み入るわ。ミクニ」
「ひさしぶりだね」
清右衛門が取次をしている間、鈴たちは客間で時間を潰していると襖が勢いよく開かれた。
入ってきたのは藩主の娘、ミクニである。
ちなみにトシは「市場を見て回りたいです。何が売れているか見てきます」と言ってお付きの人について行った。
そこは六郎太譲りなのだろう。市場を見回ろうとする姿はやはり親子なのだと思う。
ミクニは「んん!」と咳払いして、言葉遣いを改める。
「どれくらい薩摩にいられるの? 私、いっぱい案内するよ!」
「嬉しいわ。でも、清右衛門の取次が終わったらすぐ発つつもりだから、長居できないかもしれないの」
そっかぁ、とミクニは明らかにしょんぼりしていた。
この賑やかな空気、久しぶりである。
「なにかお土産にできるものがあればいいんだけど、用意できなくて。なにか私にできることない?」
「あ、それならひとつ。お願いしたいことあるんだ」
鈴のお願いに、「なになに?」とミクニは体を乗り出す。
イロハが侍女を手招きすると、猫二匹と子猫三匹を抱えてきた。
侍女が手を差し出すと、猫たちはいっせいにミクニの体にとびかかった。
最初は戸惑ったミクニだったが、猫たちは可愛らしく体を彼女に摺り寄せて愛想を振りまいた。
「ふわわぁ! 何こん子たち、わっぜむぜ!」
「猫、引き取ってくれないかなぁ。と思って」
ミクニは鈴が言い切る前に、「もちろん!」と指を輪っかにして即断で決定していた。
「薩摩ん料理、味おうてくれ」
鈴たちは島津重豪に招かれ、食事をふるまわれていた。
薩摩と仙台を向き合わせての食事が何事も起きないわけがなく、両者ギスギスしたけん制を繰り返している。
「薩摩の料理って味が濃くて、歯ごたえもすごいんだね」
「うんめかやろ?」
「そうね。あとは仙台の味噌を加えれば、完璧な仕上がりになるわ」
ミクニの眉がぴくりと動いた。
ふふふ、と姫たちが笑みを浮かべる。
こ、これは仲いいんだよね?
うん……仲がいいのはいいことだ。
ちらりと清右衛門を見ると、重豪と難しい話をしている。
この薩摩で一番自由を満喫しているのは鈴かもしれない、と心の中で思った。
翌朝。
日向、肥前、肥後へ向かう準備が整い、船が帆を上げる。
大阪で集めた情報でおおよそ飢饉の被害が少ない藩も割り出しているが、あとは現地に行ってみるしかない。
「出航ー!」
風に乗り、船は北へと進路を向けた。
「ミクニ。見送りに来てくれなかったね」
「昨日、少しやり合い過ぎたかしら」
イロハは悪びれた様子もない。
仲よさそうに見えたのだが、あれはやはり喧嘩だったのだろうか。
……お姫様の喧嘩、怖いね。
ミクニの姿を見られないことを残念に思いながら、鈴はこれからの交渉のため気持ちを入れ替えることにする。
すると、船がガタンと不自然な揺れ方をした。
「……なにかしら?」
イロハが異変を感じ、船乗りたちの反応を見る。
船乗りたちはなぜか武器を取り出していた。
「何事?」
「姫様、前方に船です。船室にお隠れください!」
そう言われ、鈴の心臓が跳ねる。
水平線の向こうに目を凝らすと、黒い帆の船がこちらに船首を向けていた。
「か、海賊ってやつかな?」
「分からないわ」
船乗りたちの反応を見ると、その可能性が高い。
船員に案内されるまま、鈴たちは船室へと退避させられた。
もしかすると、船同士で斬り合いになるのかもしれない。
船内にいて本当に大丈夫だろうか。
だが、しばらくたっても戦闘が起こる気配はなかった。
「……どうしたのかな」
「僕、外見てくるね」
トシはそう言って、こちらが止める間もなく部屋を出ていった。
びくびくしている鈴をよそに、イロハは平然と背筋を伸ばしていた。
(あ……)
そして気が付いた。
イロハの手がわずかに震えていることに。
そうだ、怖いに決まっている。
いざとなったら鈴が姫を守ろうと心に決めた。
それからしばらく経ち、聞きなれた足音が船室の扉の前で止まる。
「トシ、どうだった」
「うん。……えーと、ついてきて」
トシはそれだけ言うと、すぐに出ていった。
鈴とイロハは顔を見合わせた後、意を決して甲板へと向かう。
そこにいたのは数人の薩摩武士。
そして五匹の猫を抱えたミクニの姿だった。
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「ど、どうしたのミクニ。猫まで連れてきて」
「……」
ミクニは無言のままうつむいている。
何か薩摩であったのだろうか。
最悪の予想が鈴の胸によぎった。
「あなた……まさかとは思うけど、家出してきたなんて言わないわよね」
イロハの問いに、こくりとミクニは頷いた。
なんてことだ、女の子が家出なんてこのご時世に信じられない。
鈴が驚愕の表情でミクニを見ていると、トシが冷たい目で見てきた。
「いや、リンだけはそれを言う資格ないよね」
「うっ……それはそうだね」
鈴はこの二年、ろくに家に帰っていない。
見方を変えれば鈴も家出娘なわけである。
「で、どうしたの。私たちは遊びに行くわけじゃないのよ」
「船賃はあっわ」
そう言って、ミクニは護衛達に担がせていた大きな木箱を床に降ろす。
箱いっぱいに詰められていたのは、美しい唐物だった。
「こんたあたい物、自由い使うてよかど」
「……話を聞きましょうか」
イロハは船頭に指示を出し、後方を進む清右衛門の船へ合図を送る。
問題発生、先に行ってほしい。の合図だ。
その場で腰を下ろすミクニに、イロハも同じように腰を下ろした。
「で、何があったの?」
「三味線にすっちゅわれた」
……なんだって?
みんな聞き取れなかったのか、一同は顔を見合わせた。
ミクニは「んん!」と咳払いしてもう一度、話し始める。
「猫を飼うって言ったらね」
「うん」
ミクニは拳を握る。
「父上が"良い三味線ができそうじゃ"って、子猫を持ち上げたの」
一瞬、甲板が静まり返る。
「……だから顔をぶっ叩いて、そのまま家出してきた」
なんか、とんでもない話が飛び出した。
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「帰りなさい」
「なんで!?」
イロハが一言ぴしゃりと言い放つ。
顔いっぱいに涙を浮かべてミクニが声を上げた。
「分からないの? 例えどんな理由があろうとも、外交問題になるわ」
「……」
正論といえばこれ以上のない言葉をさすのだろう。
ミクニは言い返せず黙り込んだ。
イロハは背後の護衛達を睨みつける。
「あなた達もよ。薩摩隼人なら、命を賭して止めなければならなかったわ」
だがイロハの言葉を聞いても、男たちは鉄塊のごとく動じない。
「おいどんたちの命は姫の物。惜しゅなかでごわす」
「……本気で言っているの、あなたたち?」
こくり、と男たちは頷いた。
イロハは頭を抱えた。
言葉が通じても、意思の疎通ができない。
まさに薩摩と仙台だった。
鈴はちらりと男たちの足元に置かれた唐物を見る。
たしか唐物は、あの清右衛門すら交渉で欲しがっていた品物だ。
それがあれば、今回の交渉の切り札にできる。
(要は外交問題にならなければ、イイんだよね)
鈴はトシを手招きし、こそこそと耳打ちをする。
「リン、本気?」
「だって、なんでも言うこと聞く貸しって言ってたし」
不憫なキジ兄、とトシは天を仰いだ。
「ねぇ、外交問題にならなければいいんだよね?」
「そうだけど、そういうことじゃないわ」
「……ミクニが叔父上の力を借りに来たことにすればいいんじゃない?」
その瞬間、イロハが信じられないものを見たような眼で鈴を睨んだ。
「あなた、まさか喜二郎を売る気?」
「言い方は悪いけど、そうだよ」
たしかにイロハにはそう聞こえてもおかしくない。
イロハはぎりっと唇を噛んだ。
「見損なったわ、あなた」
イロハは怒りと失望が入り混じった目をしていた。
だけど話は最後まで聞いてほしい。
「体裁はね。でも叔父上は薩摩に来ないなら、それでもいいんじゃないかな」
「……どういうこと?」
にっ、と鈴は笑った。
「叔父上の”力”を貸すって話だからだよ」
イロハは数秒黙り込んだ。
「……悪知恵が働くわね。あなた、政治家の方が向いているわよ」
ため息をつくイロハにミクニだけが首をかしげていた。
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鈴はミクニと共に証文をしたため、判を押した。
喜二郎の「力」を貸す。
つまり作った商売の仕組みでも、教えでも、助言でも「力」を貸すのだ。
喜二郎自身を貸すとは書いていない。何度も確認した。
これで藩主が勝手に勘違いしたとしても、それは相手の理解不足である。
「ありがとぉ、リン~」
「これを、あとは事情を知っている人に届けてもらうだけなんだけど……」
後ろに居並ぶ薩摩武士を見る。
「あなた達にこれを渡したら、重豪様にはなんて言う?」
「姫様が喜二郎にかどわかされたと、お伝えしもす」
彼らに文を預けては、絶対にいけない。
するとトシがおずおずと手を上げる。
「……仕方ないなぁ、僕が届けるよ」
「いいの? トシ」
下手したらあの重豪に鬼の形相で迫られるのかもしれないのだけれど……。
だが、トシはにっと笑う。
「そこは大丈夫さ。伊達にリンと一緒に修羅場を潜り抜けたわけじゃないんだよ」
「そうだね。……ありがと。お願いするね」
そう言ってトシは連絡用の小舟に乗り、薩摩藩邸へと向かった。
しばらくかかるかと思っていたが、一刻もしないうちにトシが戻ってくる。
「重豪様、『はっはっは! 喜二郎を見極むっためとは大した娘じゃ!』って大笑いしてたよ」
「よし!」
「ミクニ様に傷一つでも付けたら、フカの餌にしてやるだってさ」
「よ……よし」
ごめんなさい、叔父上。
フカの餌にさせないように頑張ります。
とりあえずこれで、薩摩との面倒な問題は避けられそうだった。
ミクニは気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「迷惑かけてごめん、これからよろしくね」
「ほんとよ」
そういうイロハも、その顔には安堵が浮かんでいた。
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「ほらほらー! あんたらの筋肉は何のためにあるの。漕げ漕げー!」
「チェストおぉぉ!」
家出騒動で沖に停泊していた船だったが、薩摩武士の働きにより、なんと先行していた清右衛門の船に追いついた。
どんどん近づいている船を見て、イロハが驚愕の表情を浮かべていた。
「し、信じられない。帆船を櫂で動かすなんて、非常識だわ」
「薩摩、見直したでしょ?」
一刻遅れで出発した船が、風に乗る船を櫂で漕いで追いついた。
この櫂は薩摩船に乗せてあったもので、それを仙台船に持ち込んで船の上から漕いでいた。
風をつかまえていることもあって、尋常な速さではない。
まるで海の上を飛ぶような速さで船は突き進んでいた。
「船ってこんなに速くなるんだね! リン」
「うん、本当に空を飛んでるみたい」
まさに薩摩武士たちは水を得た魚である。
しかし掛け声のチェストォって何のことなのだろうか。
「チェストォって、どういう意味なの?」
「んん。薩摩じゃ『考える前に動け!』みたいな意味だよ」
「えーと。何も考えるな、ってこと?」
感心する鈴をよそに、イロハはなぜだか打ちのめされていた。
「仙台水夫がそんな精神論で、負けるなんて……」
追いつくことができたのに、なんでそんなに不満そうなのだろう。
イロハを慰めるように、猫たちが彼女の周りをくるくる回っていた。
空は満点の星、船足は絶好調。
曇天の空しか見れなかった仙台と違って、この空だけはどこまでも鈴たちを祝福してくれているような気がした。




