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祝いの主役

ボタン鍋は非常に好評だった。

最初は恐る恐る箸を伸ばしていた村人たちも、一口食べれば箸が止まらない。

あれだけ忌避していた肉食に、全く抵抗がなくなってしまうほどの衝撃だった。


誰だ、肉が穢れているなんて広めたの。

きっとこんなにおいしい物を独り占めするための方便だったに違いない。


塩釜からやってきた三吉が「嫁にも食わせたいんだが、包んでもらっちゃだめかぁ?」と言い出すほどである。

だが好評であればあるほど肉はどんどん減っていき、仁八は次の獲物を求めて数人の男と山に入っていった。


しばらくすると、ふらりとナナシが村にやって来て江戸の肉料理について説明してくれた。


「公にはできないが江戸でも似たような店がある。たしかモモンジ屋とかいう名前だった」


そういえば喜二郎も言っていた気がする。江戸でも肉は食われていたらしい、と。

だがそれは公然の秘密らしく、役人に見つかればただでは済まないとのことだった。


そりゃあ、これだけおいしかったら隠れても食べたくなるのが心情だろう。


「蕎麦が収穫できるのは、いつ頃だ」

肉料理に集まる村人たちに苦笑いしながら、ナナシが尋ねる。


「今でも収穫しようと思えばできるけど、できればあと十日くらい育ってからの方がいいかな」


皆、蕎麦だけは慎重に育てていた。

これが失敗すれば、捕獲できるかわからないイノシシに期待しながら食を繋ぐことになる。


仁八の腕がよいとはいえ、博打に近いことはできない。

すると、ナナシが少々複雑な表情を浮かべていた。


「どうしたの?」

「……物は相談なのだが」

ナナシは少し言いづらそうに視線を逸らした。


「喜二郎の家で、それを食べることはできないか?」

どういうことだろう、と鈴は首をかしげる。


「……イロハ様が、パチとテンの料理を食べてみたいらしい」

パチ、テン。

それは名主が仁八と鈴を呼ぶときに使っていた名称だ。

どうやら個人の特定されることを避けるために使っていた、イロハからの愛称らしい。

しかしイロハがご所望とは驚いた。


「仁八と六郎太に相談してみるね」

「助かる」

明らかにホッとした様子で、ナナシは胸を撫でおろしていた。


ナナシはイロハのお付きでなくなったと聞いていたのだが、一時的に復帰したのだろうか。






---

喜二郎の家は、普段は人通りが少ない。

しかし今、彼の家の門には警備のための侍がたたずみ、中に入るであろう人たちには何物も近寄らせない雰囲気を出している。


「オイラ、緊張してきた」

「大丈夫だってば、六郎太」


その門の前で立っているのは六郎太と鈴。

ナナシはイロハを呼ぶために登城して行った。

イロハと鈴の関係を知らない六郎太は緊張しっぱなしだ。


仁八は「俺はいない方がいい」と言うことで、この場にはいない。

綺麗に肉をボタンの形に整えた皿を鈴たちに渡して、村に残った。


やがて、屈強な男たちに担がれた駕籠が運ばれてくる。

それも二つ。


(あれ……?)


その駕籠から出てきたのはイロハ姫。

そして伊達重村だった。




「本日はお越しいただき、誠に恐悦至極にございます」

「今日はお忍びだ。硬くならずともよい」

ははぁ、と鈴と六郎太は頭を下げる。


目の前にいるのは仙台藩主の伊達重村。そして娘であるイロハだ。

伏した目の端で、ナナシが居心地悪そうにたたずんでいる。


ちょっと。聞いていないよナナシ。予め説明してよ。


そう心の中で思ったが、もちろん口には出さない。

ただの食事会が、接待になってしまった。


鈴はいつもの服装で待ち構えていたので、失礼に当たらないか心配でならない。

だが「面を上げよ」と言った重村も、いつもの殿様様式ではなく、普通の武士がしている簡易的な着物であった。

しかも絹ではなく、木綿のありふれた格好である。

大倹約令を発動している仙台では珍しくないのだが、本当に殿様がこういう格好をしていると思うと下々の鈴たちも身が引き締まった。


「此度は少し考えがあってな、五郎八とナナシには無理を言って同行させてもらった」

「父上にはあとで報告するつもりだったので、無用の心配なのですけれど」


そう言って親子はにっこり笑い合う。

これはどっちだ。

仲がいいのか悪いのか、鈴には判断できない。


「では、早速食わせてもらおう」

「はい。六郎太、お願い」

「かしこまりました、おりん様」


六郎太が余所行きの姿勢をとりながら、台所で料理を始める。

しばらくするといいにおいが漂い始め、六郎太の料理が成功したことを鈴は確信した。




「できました」

蓋をした鍋が運ばれ、鍋敷きの上にそれが置かれる。

蓋を開くと、煮こまれたボタン鍋が家の中で一番の存在感を放った。


「これは、モモンジ屋か」

「父上はご存知で?」

「……うむ」

重村は小さく咳払いをしてから、ばつが悪そうに視線を逸らした。

見るとナナシも目をそらしていた。


(これは隠れて食べたことある顔だ……)


だが六郎太はそれどころではないようで、慎重に椀に肉をよそいながら盆にそれを乗せる。

すっと重村とイロハにそれを差し出した。


「内成」

「はっ」

本名で呼ばれたナナシは、椀の中の肉をつまみ、口に運んだ。


「問題ございません、殿。姫」

「うむ、では頂こう」


そういえば仙台へ戻る旅で、ナナシは毒かどうかを判別していた。

なるほど、こういう時のための役目だったのか。


ボタン鍋の肉を、おそるおそる口に運ぶイロハ。

一方の重村は、慣れた手つきで肉を口へ運んでいた。


「おいしゅう、ございます」

「うむ」

二人は最後の一切れまで綺麗に平らげ、椀を鈴たちへ返した。

しばらく何かを考えるそぶりをしていた重村が口を開いた。


「おりん。これを正月の振る舞いとさせてはくれぬか」


それは藩が主催する、一大行事の役割だった。

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