ボタン鍋
数日後、特例としてボタンを食べる許可が下りた。
清右衛門があれほどあっさり認めたのも、きっとイロハの根回しのおかげだったのだろう。
「民の前で肉を食うというその勇気、賞賛に値する」
清右衛門は苦笑して言った。
飢饉だから仕方がないが、やはりみんな肉は避けたいと思うのはお上であっても同じなのかもしれない。
城の帰り道、今後のことを考えながら仁八とともに農村への道を歩く。
「リン。分かっているとは思うが他言無用だ」
「そうだね。分かってるよ」
イロハと喜二郎のつながりは明るみにしない。
二人がここまでひた隠しにしていたということは、それほど繋がりを知られたくなかったのだろう。
亡くなった名主も、そしてナナシも黙っていたくらいだ。
肝に銘じておく必要がある。
だから、鈴は一度その考えを胸の奥へしまった。
「さしあたって、どう捕まえようかイノシシ」
「罠を張る」
食べることよりも捕まえる方が難しいのではないかと思っていた鈴に、仁八が短く答えた。
「罠?」と鈴が聞き返す。
「種子島も、刀も俺は持っちゃいない。だから罠だ」
イノシシは警戒心は強いが、食欲を刺激すれば案外簡単に捕らえられるらしい。
捕らえたあとは農具でとどめを刺し、血抜きをして解体すれば食べられるとのこと。
「どれも血なまぐさい話だよぅ。穢れだよぅ」
「生きるか飢えるかだ、覚悟を決めろ」
仁八はそう言って力強く前を歩く。
生きるという重みを、命をいただくという意味を、鈴は噛みしめていた。
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イノシシを捕まえるのは仁八だけで行うそうだ。
鈴がいると気づかれる上、下手をすると身が危うくなるためらしい。
そんな中で日が暮れていき、鍋でお湯を沸かしながら村の皆で仁八の帰りを待っていた。
「肉を食べると思うと、少し身が竦むわね」
「私もだよ。芳」
芳と鈴は頷きあう。
だが、もう食料は本当に崖っぷちだ。
飢えて死ぬくらいなら、獣の肉でさえ食べて生き残ってみせる。
村の人間たちもそう覚悟していた。
「戻ったぞ」
のっし、のっしと、山から大きな影が近づいてくる。
大きな毛皮を担いだ仁八だった。
「お帰り仁八。獲れたんだね」
「ああ、運ぶのを手伝ってほしい」
仁八が後ろを指さし、村の男手が彼についていく。
その間に女衆は薬味を切り、生臭さを消すための用意を始めていた。
日が暮れる頃になると、数人がかりで担ぎ上げられた大きなイノシシが村の広間に降ろされる。
「でけぇな、父ちゃん」
「大物だった」
六郎太の言葉に、仁八が力強くうなずく。
だが、これをどうやって解体するのだろう?
包丁とかで分解していくのだろうか。
「……喜二郎が村にいた時は、刀を貸してもらっていた」
(お、叔父上ーー!)
そんなことしたら、間違いなく他の武士に怒られる。
獣を解体するのに使ったというだけでない、農民に刀を貸すというのはやってはいけないことなのだ。
だがこの村に刀などあるわけもなく、仕方なしに皆包丁でさばいていく。
「……切れ味が良くない、研いだのか?」
「そりゃあ、このためにちゃんと研ぎなおしたさ」
四苦八苦しながらイノシシに刃を当てるが、どうやら難しそう。
「このままでは鮮度が落ちる……」
仁八は無念そうな顔を浮かべている。
なにか、刀に変わるものがあればいいのだが。
「あ……そういえば、あった」
鈴は急いで名主の家に戻り、自分に与えられた部屋のつづら箱を漁る。
あれでもない、これでもない……こんなことなら整頓しておくんだった。
ようやく見つけたソレを取り出して、広間にいた仁八に差し出した。
「仁八、これ使って」
「……いいのか?」
鈴は頷く。
差し出したのは喜二郎の脇差だ。
喜二郎もこうして使っていたのだろう。
だからこそ、自分に預けてくれたのかもしれない。
仁八はスラリと脇差を抜き、イノシシに刃を当てる。
今まで悪戦苦闘していたのがウソのように滑らかな切り口で、イノシシの肉が割れていく。
「素晴らしい」
無表情な仁八が、少しだけ口元をほころばせていた。
刀もってその表情をするのは、ちょっと怖いからやめてほしい。
みるみるうちに肉が解体され、肉はボタンの花のように皿へと盛り付けられた。
「味が落ちないうちに全て加工していく。先に料理していてくれ」
「……どう料理すればいいの?」
「そいつはオイラに任せろ」
六郎太がそう言って腕を捲る。
そういえば六郎太、料理が上手いんだった。
まさかイノシシも料理できるのだろうか?
「オイラはそこで肉を捌いている仁八の息子だぜ? 勿論、経験あるさ」
言われてみればそうだった。
仁八が数日分の食料を確保するためにイノシシを小分けにしている間、六郎太が鍋に向かう。
「最初にやるのは下準備なんだがな」
そう言って六郎太は生姜と味噌とみりんを揉み込んでいく。
トシが興味深そうにその様子を見ていた。
「何をしているの?」
「臭み消しだよ。本当なら一日、できれば一刻おいた方が匂いは消えるんだが……」
徐々に村人が六郎太の前に集まってくる。
「今日はそうも言ってられないよな、料理しちまおう」
そう言って六郎太は少量のお湯が入った鍋の方に、肉を一枚ずつ浮かべていく。
周りに集まった村人たちはそれを興味深そうに見守っていた。
「下茹でして臭みを消すんだ。みんな腹減ってるだろうが、我慢してくれ」
六郎太はアクをとり、一度水気を切って再び大鍋に戻す。
塩を振ってかき混ぜ、ほんの少し煙が出てきたらまた湯を捨て……それを繰り返す。
鈴はそれを見て思った。
料理って、本当に大変なんだなぁ……と。
そろそろ鈴も花嫁修業しないと、貰い手がなくなってしまいそうだ。
そう感心している間に、次第に肉から臭みが消えていく。
六郎太は野菜を加え、次第に吹きこぼれていくアクをお玉で掬って火を通していく。
鍋の水が少し減ってきたと思ったら味噌を溶かし、薬味を入れて蓋をした。
「いい匂い」
村中に味噌と生姜の香りが漂う。
さっきまで獣臭いと思っていた匂いが、いつの間にか腹を鳴らす香りへ変わっていた。
「もう食べられる?」
「まだまだ」
あれだけ嫌がっていた肉なのに、今はだれもかれもがその鍋から目を離せない。
村の隅で肉を解体していた仁八たちが戻ってくると、それを見計らって六郎太は鍋のふたを開けた。
「さぁできたぜ。子供から椀を持ってきな。よそってやる」
子供たちは一瞬のうちに一列に並び、先頭の者から椀を差し出す。
苦笑いする六郎太は鍋の肉、野菜をよそい、味噌汁を椀に垂らした。
受け取った子供はくんくんと匂いを嗅ぎ、箸で肉をつまむ。
「お、おいしい」
その言葉がキッカケで、他の子供たちだけでなく大人たちも期待の眼差しを六郎太に向けた。
「オイラ達が食べるまでに、残ってりゃいいけど」
そう笑いながら、六郎太は仁八に目配せする。
仁八は何も言わず、ただ頷いて肉を解体した皿のところに歩いて行った。




