あなたがくれた生き様を
病がようやく収まり、しばらくすると今年も祭の季節がやってくる。
折よく藩からの配給もあって、ほとんど収穫がなかった農民も一息ついたようだ。
ここからが本当の始まりなのだが、皆この日だけは一様に気持ちが軽くなる。
一年に一度の祭り、仙台のたなばたさん。
色々な意味が込められているが、倹約令がある大人にとっては正月を除いて唯一お酒が飲める日である。
「今年は藩が主体となってお祭りを主導するんだって」
「へぇ。まぁ僕たちじゃあ売るものもないしね」
少ししんみりした空気が漂う。
去年ほどはしゃげないのは、鈴が大人になったということなのだろうか。
(……いや、分かっている)
村の病による傷跡を未だに引きずっていて、立ち直れていないからだ。
かなり抑え込めたとはいえ、相応の被害が出てしまったのは否めない。
自分の力だけではどうしようもなかったのはわかっていたが、鈴はいまだに心の整理をつけられていなかった。
「そういう時は飲んで、思い出にするのがいい」
鈴とトシのお守りをするのは仁八だ。
いつもの鈴の護衛についてくれるナナシは、大事な用があるといって今日はいない。
トシや村の農民たちは完全に気持ちが切り替わっており、祭りが楽しみで仕方ないという様相だった。
「お上からの振る舞い酒だ。楽しみだ」
「じいちゃんは、いいなぁ。僕たちも甘酒くらい飲みたいよ、ねぇリン?」
「そうだね」
トシも仁八も、明るくふるまっている。
いつも口数が少ない仁八に気を使わせるくらい、鈴の気持ちは沈んでいたのだろうか。
「祭が終わってから悼めばいい。楽しまなきゃ浮かばれない魂もある」
そういって仁八は懐から小さい徳利を取り出した。
「だから飲め。甘酒一杯だけなら許してやる」
「やった!」
その言葉にトシが大喜びで飛び跳ねる。
ふるまい酒はともかく、なぜか甘酒は銭がいるらしい。
仁八、わざわざ買ってきてくれたのか。
トシのその喜びようを見て、鈴も自然に顔がほころんだ。
今年は、屋台がほとんど出ていない。
だが具が入った味噌汁が炊き出しとして配られていて、みんなおいしそうにそれを啜っていた。
「でも何にも祭らしいことがないってのも寂しいねぇ」
「ああ、それは……」
トシのつぶやきに鈴は危うく口を紡ぐ。
怪訝な顔をするトシに苦笑いしながらごまかした。
みんなそう思っているなら、きっとアレは盛り上がるだろう。
日が高くなると出店もないのでみんな暇を持て余し始めていた。
ドドン!
太鼓の音が響き渡る。
「え? なんだろう?」
「行ってみればわかるよ」
城下の大通りを歩くと途端に人だかりができていた。
トシは仁八に肩車され、鈴はひょいと両手で抱えられてその様子を見る。
町の中央には御輿、そしてそれに並ぶ人の行列が城下町を練り歩いていた。
踊って歌いながら人々は御輿についていく。
「よくもまぁ、踊る体力なんてあるね。祭なのはわかるけど―――」
「最後まで踊ってついていくと、握り飯がもらえるって話だよ」
「じいちゃん、リン! 何してるの、早く行こう!」
言葉を一転させたトシに、仁八と鈴は苦笑いしながらついていく。
鈴たちは列の最後尾に加わり、太鼓の音に合わせて歩き出した。
御輿の上には見知った人もいて、お偉いさま方自らこの祭りを盛り上げようと太鼓を叩いていた。
誰もがすきっ腹を抱えていたが、それでも今日だけは空腹さえ忘れて踊り狂った。
太鼓に合わせて子供も大人も肩を揺らす。
笑い声は城下中へ広がり、沈み込んでいた町に久しぶりの活気が戻っていた。
仙台史上、もっとも売り物がない七夕まつりだった。
だが同時に最もにぎわいを見せた祭になったという。
失ったものはたしかに多い。
それでも、この日だけは生きていることを祝った。
祭の賑わいも落ち着いて、夜半の墓場で鈴は慰霊碑に手を添えていた。
亡くなった人々を偲んで思いを馳せる。
「あなたが守ってくれた堰のお陰で、みんなが病から立ち直ることができました。今まで本当にありがとうございました」
名主……久蔵は、病から回復できなかった。
発症が早かったため鈴たちの対症療法が間に合わず、村で一番の重篤になり回復が間に合わなかった。
一時期よくなったように見えたのは、最後の力を振り絞って皆に伝えることがあったからしい。
するともう一人、墓場に足を踏み入れる人影があった。
「あら、リン。お祭りはもういいの?」
「それはこちらの台詞だよ、芳。……これから大変だね」
鈴がそういうと「そうね」と芳は軽く笑った。
「怖くないの?」
「全然。……って自分に言い聞かせているわ。父上が命を懸けて稼いでくれた時間なんだもの。全てを叩きこんでくれた、と思うことにしているの」
芳が新しい名主だ。
それに伴って彼の夫である六郎太も米沢から仙台に戻され、二人でこの村を守っていくことになる。
「まぁ、父上のようにスパッと解決はできないかもしれないけど。そこは皆の力を借りながらなんとかしていくつもりよ」
「うん。私も頑張るよ」
ふふ、と二人で笑う。
芳は酒瓶を取り出し、墓の前に御猪口を置いて中身を注いだ。
ゆらゆらと、その盃には雲間の月がうっすらと浮かんでいた。
「私が初めて酒を飲んだのは、六郎太の婿入れの時でね」
「うん」
「酔っぱらった父が六郎太に、『お前に娘は渡さん』って、大喧嘩になって大変だったの」
芳は懐かしそうに盃の淵をゆっくり指でなぞる。
「そしたらキジ兄がね。いかに六郎太と私がお似合いかを理路整然と話すものだから、父上が酒瓶をキジ兄に振り下ろして式はめちゃくちゃ」
「あぁ……」
喜二郎がいかに淡々と内容を語っていたのかが目に浮かぶ。
娘を嫁がせる親ならば、言ってほしいのはそういうことではないだろうに。
「最後は仁八が全員を叩きのめして、無理やり式を続行させたの。伸びた婿を担いで籍を入れたの、この時代で私だけなんじゃないかしら」
「ふふ、確かにそうかもね」
その後、トシが生まれ六郎太は米沢に行った。
しばらく戻ってこない亭主に文句を言いながらも、まめに手紙のやり取りはしていたらしい。
喜二郎もしばらくすると村を離れることが多くなり、その事業は名主へ引き継がれていった。
本来ならば、婿を取ったらその婿に全て知識を継承していく。
しかし名主は役目のある六郎太にはそれができないことを知っていた。
だから娘の芳に村を治める術を伝えていった。
芳は名主としての父の業務を目の前で学びながら、長い時間をかけて人をまとめる術を養っていった。
「だから今度はトシが大きくなるまで。私が村を精一杯支えるわ」
それは母として、そして新たな名主として彼女が決めた覚悟のように思えた。
そして芳はもう一つ盃を取り出して注ぎ、鈴に渡す。
「いいの?」
「今日くらいは父上も怒らないわ。飲みなさい、スズ姉」
にっと、笑ってその盃を鈴は受け取る。
初めて口をつけた酒は甘い香りと、焼けるような熱さがあった。




