島津のおてんば姫
食事の後、重村たちは来客の応対に向かった。
おそらく例の島津からの使者のもてなしなのだろう。
鮫製品の説明は江戸ですることになっていたので、鈴たちは今は何もしなくてもよいらしい。
鈴は重村に礼を伝え、仙台城を後にした。
「あぁ~……」
久々に食べた米が、あれほど美味しいとは思わなかった。
米の一粒も残さずきれいに平らげた椀を見て、重村たちは苦笑いしていた。
少し元気が出た鈴は、足取り軽く村への道を急ぐ。
「は……えっ!?」
城の門をくぐった帰り際、なんとも奇抜な格好をした一団とすれ違った。
この寒空の中、上半身裸の侍たちである。
日に焼けているのか肌がわずかに褐色を帯びている。
仙台では見たことのない人たちだった。
あれが客人なのだろうか。
先頭を歩いていたのは、髪を後ろに一つにまとめて垂らしている少女である。
鈴は慌てて道を開けて、一団が去るのを待つ。
ちらりと先頭の少女がこちらを見たような気がした。
しかし、すごい格好だ。
サラシで巻き付けた胸元は隠しているが、彼女もほぼ半裸である。
特に何が起きるわけでもなく、彼女たちは城の中に入っていた。
あれが薩摩武士だというなら普通の恰好をしていた島津重豪は常識人だったんだな、と鈴はぼんやり思った。
さて再び江戸へ向かうことになった以上、まずは村の皆に相談しなければならない。
鈴は急ぎ足で名主の村へ歩き出した。
「ただいま。みんな」
村に戻ると入り口の前でみんなが待っていた。
城から戻ってきた鈴を、みんなはホッとしたように迎え入れてくれる。
「聞いてるよ。血判状の内容が更新されたって。僕たちが直訴しに行ったんだ」
トシが無邪気に笑い、鈴も苦笑いした。
農民が大名にお願いするというのがどういうことなのか、分からないはずがない。
無視されるだけならまだしも、口減らしを口実とした村全体の極刑となってもおかしくない行為だ。
危ない橋を渡らせてしまった申し訳なさと、そこまで鈴を思ってくれた嬉しさが同時に湧き上がる。
「ゴメンね、みんな。私が意地っ張りなせいで迷惑かけて」
「平気さ。もしダメだったら、モチを食わせるしか方法はなかったけどね」
そう言って白い猫がおびえたように鈴の胸に飛び込んできた。
トシのことだ。きっと普通のモチのことを言っているに違いない。
……そうだよね?
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米断ちの契約更新の話の後、江戸行きについて鈴は皆に相談する。
だが、これには反対する者が多かった。
「それ、リンがいかなきゃいけないことなの? 三吉でいいじゃん」
「さすがに可哀そうだよ」
トシの言葉に、三吉が青ざめた表情で頷いている。
「お主はまだ本調子ではない。……儂が行こう」
「私なら大丈夫だよ。それに名主さん、病み上がりでしょ。無理しないで」
たしかに少し鈴は弱っていたが、名主はそれ以上だ。
今年に入ってから名主はたびたび体調を崩していた。
長年の疲労が溜まっているのか、それとも飢饉に心労が重なっているのか。
両方かもしれない。
それに江戸行きに命じられたのは鈴だ。
藩主直々の命令となれば、断れるはずもない。
名主の体調を考慮し、今回同行するのは六郎太と三吉に決まった。
「今度は商売じゃなくて政治の話みたいだからね。父ちゃんの方が向いてるよ」
「ああ任せろ。今度こそオイラも力になって見せるぜ」
伊達に喜二郎の補佐をしていたわけではない、と六郎太は胸を張った。
鈴は彼の小さいころから活躍を知っている、これほど頼もしいことはない。
「で、薩摩が欲しがっているのは鮫製品……というわけでこの人選か」
「うん。南蛮で高く売れるんだって」
昨年の売れ行きを見て、鮫製品の種類は増やしていた。
江戸行きが決まったことで、それらも再び銭に換えられそうだった。
その銭で何を買うか、慎重に考えなければならない。
ちなみに仙台藩へ売った米は藩札へと換えられている。
銭には違いないが仙台藩内でしか使えない。
江戸に行くにあたり、味噌は備蓄の関係であまり持っていけない。
飢饉の中でも生産を続けていた塩と鮫製品の売り上げが頼りだった。
その稼ぎが仙台の命運を左右するかもしれないと、鈴は感じていた。
二日後。
鈴たちは荷をまとめ、港へ向かった。
「おはんが、リンじゃっね」
聞き慣れない言葉に振り向く。
昨日、城ですれ違ったあの少女だった。
この寒空の下で着物をはだけ、肩まで露わにしている。
サラシに隠された豊満な胸まで見せているのに、なぜ恥ずかしがらないのだろうか。
というかやはり、昨日見た通りほとんど半裸だった。
見間違えではなかったようである。
どこを見ればよいのか分からず、鈴は思わず視線を泳がせた。
「んん! 貴方がリンね。薩摩の使いのミクニよ。よろしくね」
言葉が通じていないと思ったのか、少女は慌てて言い直した。
その周囲には筋骨隆々の護衛たちが並んでいる。
彼らは値踏みするように鈴たちを見下ろした。
ナナシが一歩前へ出る。
「なんだお前ら、ちっちゃいじゃっど」
「仙台の侍はどこもかしこも、もやしばっかいじゃっど」
日に焼けた大男たちが何か言っている。
意味は分からないが、どうやら褒め言葉ではなさそうだった。
「…………」
ナナシの目がすっと細くなる。
「お、おお落ち着いてください、ナナシ!」
六郎太が慌てて間に入った。
そんな騒ぎをよそに、鈴とミクニは向かい合う。
「初めまして、リンです。よろしくお願いします」
「そんな硬くならなくていいよ。同じくらいの歳でしょ?」
整った白い歯を見せてミクニは手を差し出す。
これは知っている、南蛮風の挨拶だ。
「う、うん」
鈴はおずおずとその手を握った。
彼女からは太陽の花のような、いい匂いがした。
「仲良くしようね!」
どうやら本人は気さくらな性格らしい。
聞けばミクニは重豪の娘で、今回の薩摩側の使者だという。
仙台藩に強い対抗意識を持っていないことから選ばれたらしい。
それどころか昨年仙台から取り寄せた味噌と鮫皮製品を気に入り、自ら買い付けに来てしまったのだという。
行動力の塊みたいな人物だった。
「それにほら、薩摩の人間が仙台に来るとこうなっちゃうでしょ?」
ミクニが苦笑いしながら指差す。
ナナシたちと護衛たちが今にも斬り合いそうな勢いで睨み合っていた。
実際、仙台城での会談でも大変だったらしい。
特に家老とのやり取りは、一触即発だったとか。
ミクニとイロハ姫が取りなして、どうにかこうにか今日までやって来たのだという。
どうやらこの曲者ぞろいの両藩を取り持つのは、想像以上に大変だったらしい。
「イロハがいなかったらヤバかったぁ~」とのことだった。
鈴は思わず笑みを浮かべた。
白石以来、イロハ姫には会っていないが彼女に会えたら必ずお礼を言いたい。
しかしそれにしても……。
(この飢饉の最中だって言うのに、どうしてこうも仲良くできないのかな?)
歴史書には特に書いてなかった気がするので、最近できたわだかまりなのかもしれない。
「皆、準備はできているか」
やがて重村たちも到着し、周囲を見渡す。
そして積み荷も載せ終わっていることを確認すると、一行は江戸へ向けて出航した。
港が少しずつ遠ざかっていく。
鈴はその景色を見つめながら、そっと拳を握った。
この航海の先に、仙台の未来がある。
そう信じるしかなかった。




