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仙台の七夕祭り

それは秋の収穫の前のこと。

指導者として働き始めた鈴は、帳簿や事務仕事に追われる毎日を送っていた。


頭がぐらぐらと煮え立つ。

鈴は、頭が良いわけではない。

喜二郎みたいにパッとやって、サッと片付けるなんてできないのは重々承知していた。


だからわからないことは人に聞く。

今はわかるところだけ進め、分からないところに印をつけ、後で名主に聞くための準備をするのである。

名主の体調は良くなったり悪くなったりで安定しないが、鈴をダメだしするときにはなぜか活き活きとする。


「キジは優秀過ぎて可愛げがなくてな。これだけ手がかかると教えがいがあるわい」


そう思うならちょっと手加減してほしい。

今日も今日とてソロバン片手に、計算やら書類やら手紙やらと仲良く埋もれていく。


(今日何日だっけ。しばらく家にも帰ってないなぁ……)

そんなことを思いながら、鈴は一つずつ書類の山を片付けていく。


「ん……?」

ドタドタと床を走る音が聞こえてきた。

ガラリと客間の襖が開くと、トシが部屋に飛び込んでくる。


「リン! 祭にいこうよ!」

満面の笑顔でトシは腕を差し出した。

鈴が驚きのあまり、瞬きをする。


「えっ、今日って祭りなの?」

鈴はきょとんと表情の力の入れ方を忘れる。


えーと、暦どこだっけ。暦こよみ……。


紙に埋もれた部屋で手探りしていたが、これは見つかりそうもない。

トシは手近にあった紙束を横によけて、ずいっと身を乗り出した。


「そうそう!仙台でたなばたさんやってるじゃん!」

トシの手には彼の自前の暦があった。


暦にはわざわざ赤丸がつけられている。

そういえばもうそんな時期だったのか。



仙台の名物、七夕まつり。


伊達政宗公の祭りとして仙台に広まり、五色の短冊に和歌を書いて笹竹に女子の手作り品を結びつける。

城下町に並ぶ短冊の竹林をみると、祭りの日なのだと気分が高揚する。

収穫も控えているため、この時期は最も楽しい祭りと言っても過言ではない。


(でも……なぁ)

鈴は目の前の帳簿に視線を落とす。


「私は、これ片付けてから行くよ」

「ダメ。絶対ダメ!」

そんなことやってたらどうせ来ないだろ、とトシは見透かす。


そうだよ、正解だよ。

うう……確かに行きたい!

でもここで怠けていたら皆に示しがつかないし……。


「あ~そういえば! リン以外のみんな。仕事を休んで今日は祭に行ってたよー」

「じゃあ、行く!」


なんてことだ、それなら誘ってくれればいいのに!

トシまで誘ってくれなかったから、絶対七夕を忘れていたに違いない。


ぱたんと帳簿をしまい、鈴が勢いよく立ちあがった。

その瞬間、すいっと部屋に影が差し込む。



「ん? 帳簿は終わったのか?」


その瞬間を見計らったように、名主が客間に入ってきた。

鈴の口が、パクパクと鯉のように動く。


「ま、ま、まだ……です」

「ふぅむ……仕事が終わっていないにも関わらず、祭を楽しもうというのだな?」


あうあう、と鈴が目を泳がせる。

その様子にトシが声を上げた。


「いいじゃん、じぃじ。今日くらい!」

「たった一日。されど一日だ」

ぴしゃりと名主が言い切る。


終わった、もうだめだ。

……諦めて仕事をしよう。


そう思って、鈴は腹をくくった。

すると名主はにやりと口元をゆがめる。


「……だが仕事をしに行く、ということなら止めはせんぞ」

鈴とトシは「えっ?」と顔を見合わせる。


どういうことだろう?

仕事はまさに今までしていたのだが。

ふっふっふ、と名主はタヌキのような笑みを浮かべている。


「詳しくはパチに聞くんだな」

そういうと、名主は書きかけの帳簿をひったくって去っていった。




「なるほど。こういうことかー」

「はーい、いらっしゃいませー!」


鈴とトシは仁八と合流し、屋台を開いていた。

つまりこれも勉強ということなのだろう。

ついでにこの機会に銭も稼いで来いというわけだ。


(そういうことなら、思いっきり楽しませてもらうよ!)


売り物はカテメシの中に記載があった、鯉を味噌と砂糖で煮込んだ料理である。

ここで売ることは、再び米沢に行ってしまった六郎太と事前に相談して決めていたらしい。


(料理名は……えーと、コイコクっていうんだね)

ちなみに「鯉こく」と書き、江戸で得た砂糖を使っている。


鈴もトシも料理ができないので仁八がほとんど作っていた。

鈴とトシは、売り子とお会計係の役割である。

ちなみに鈴の後ろではナナシが無言のまま付き従っていた。


「それにしても仁八って料理できたんだね」

「長年、鯉の世話してるからな。捌くのだけは慣れている」

祭の雰囲気に気分が高まっているのか、仁八の包丁さばきはノリに乗っていた。


さぁ、売るぞー!



江戸の百戦錬磨の大物たち相手に物を売ってきた、鈴とトシである。

あの手この手で人を呼び留め、物珍しさに留まった人を客として囲い込む。


鯉料理というのは珍しいだけでなく、旨い。

そして美容と健康。若返りにも効果があるのだと、仁八の筋肉を使って宣伝した。


できた長蛇の列をトントン捌ききり、お昼前には完売御礼になった。


「おおぉ……すごい銭だね。リン」

「うん。これがあったら江戸から仙台まで一直線だったのに……!」


トシと鈴がそれぞれ複雑な感情を抱く。

さて、この銭をどうするかであるが「四等分でいいか?」と仁八が提案してくる。


「えっ。でも鯉も味噌も料理したのも仁八でしょ。いいの?」

「俺に至っては何もしていない……数に入れなくていい」

ナナシはバツが悪そうに断りを入れる。


しかしまぁ。子供が店を手伝うのは当たり前なので、小遣いなら60文くらいもらえれば嬉しいと考えていたくらいの下心はあった。

それを素直に打ち明けると、仁八はふっと笑った。


「構わん。それに今日は祭なんだ、楽しんでこい」

なんという気風の良さだろう。


仁八があと20歳若ければ惚れてたね。

鈴とトシは両手を上げて喜んだ。


「ありがとう! 仁八!」

鈴たちは仁八にお礼をいい、祭りを回ることにした。

ナナシはその後についてくる。




竹林の中にひらひらと短冊が躍る。

仙台の七夕は「女性の技芸上達を祈る、藩ゆかりの文化行事」だ。


つまり本来は、女子が今までに身に着けた技術を披露する場なのである。

あいにく鈴は裁縫の技はそこまで上手ではない。


(いや……はっきり言うと、へたくそなんだけど)

こういった手合いは喜二郎が得意だっただけに、かなり劣等感を感じてしまう。


「まぁ、祭りの楽しみ方は人それぞれだよね!」

にっ、と笑ってトシと顔を見合わせる。


銭を稼いで、小遣いたっぷりの自分たちに恐れるものはない。

今日だけは「腹一杯 食べてやろう」と短冊の祭囃子の中を歩き出した。




「お……おぉ、リンたちじゃねーか。来てたのか」

すると、屋台の一角から声をかけられた。

見知った顔である。三吉だ。


「あれ、三吉。ここでサメ売ってるの? というか一人?」

「ああ」

三吉がうなずく。

売っているのは蒲鉾と蕎麦だ。


懐かしい組み合わせである。

だけど、あんまり売れ行きは良くないらしい。

まさか三吉ひとりで売っていたのだろうか?


「味は悪くないと思うんだが、なんで売れないんだろうな……」

「三吉、奥さんいるって言ってたよね。手伝ってくれなかったの?」

ガシガシと三吉は頭をかく。


「いや、嫁には内緒なんだ。この祭りで稼いだ銭で労おうと思ってな………」


まさかとは思ったが、本当に三吉ひとりで商売とは。

気持ちは買うが、それにしても無謀が過ぎる。


「三吉は売るのが壊滅的にダメだからね…」

トシがそうシミジミ言う。同意だ。

うーん、と鈴が首をかしげる。


「私、手伝おうか」

「ほ、ホントかぁ! ありがてえ」


水を得た魚、いや大海に放たれたサメのごとく三吉の顔がほころぶ。

ただ普通の蕎麦よりも若干高いということもあって、何となく普通に売るのは難しそうだ。


「三吉。この蒲鉾もらってもいい?」

「ん? 良いが、何するんだ?」


鈴は包丁で蒲鉾を賽の目状に切っていく。

その辺の木の枝を切り出して楊枝を作り、その蒲鉾に刺していく。


というか昔三吉と喜二郎がやっていた方法なのだが、三吉は忘れてしまったのだろうか。

その意図を察したトシが張り切って呼び込みをかける。


「さぁーさーらっしゃい! なんと江戸で大流行した太田庵の蒲鉾を使用した蕎麦だよー!らっしゃーい」

その宣伝が気になったのか、数人が露店の周りに集まり始める。

鈴がすかさず賽の目状にした蒲鉾を差し出す。


「どうぞ!味見してってくださいね」

「え? これ、タダでくれるのかい?」

「味見ですから! 美味しいと思ったら、是非蕎麦も食べてってください」

鈴がそういうと、鳩の群れのように人が集まり始める。


「さーらっしゃい! 何と江戸の老舗蕎麦、太田庵が是非にと買い求めた蒲鉾だい!多い福と書いて、オカメ蕎麦に使われている蒲鉾だよー。縁起いいよー。らっしゃーい」


いやまぁ……うん、嘘は言っていない。


あっという間に蕎麦の注文が殺到し、三吉が忙しそうにそばを作り続ける。

結局三吉だけでは手が足りず、そばをゆでた経験のあるナナシも参戦し、総力戦でお客さんにそばをふるまい続けた。




日が傾きかけたころには、蕎麦は無事完売していた。


「ありがとうな。リン、トシ、ナナシ。この恩は一生忘れねぇ」

涙ぐむ三吉。

店の手伝いをした三人はそれぞれ顔を見合わせた。


「いいってことさ。その代わり屋台で田楽おごってくれるよね?」

「あ! じゃあ、私は焼きおにぎり!……はダメだから天ぷらで。それとウナギのかば焼きとスイカと水飴と――」

「俺は稲荷。味付け濃いめで」


恩は返してもらう時に返してもらおう。

そう、それはまさに今である。

三吉は引きつった笑みを浮かべていた。


「お、おうよ。任せとけ!」

三吉が店じまいをしたあと、鈴達は大いにおごってもらった。



祭の終わり際には三吉の財布はとても軽くなっていたという。

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