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間話:ほころび、ほころぶ

鈴たち一行は「白河藩」の領内にたどり着いた。

だが、街全体に張り詰めた不安な空気が漂っていた。


「なんか……この前の高崎・宇都宮とは違った意味で、空気悪いな……」



人がピリピリしている。

六郎太が道行く人に話を聞きに行く。


鈴はその間、そわそわしながら城下の門でナナシと待ち続けた。

しばらくして六郎太が戻って来て、わかったことを話し始める。


「どうやら、この辺りは不作だったらしい」


聞くところによると今年、白河藩は凶作で全く食料を作れなかったそうだ。

全国的な豊作のなか、白河藩は不作……。


これが天明の大飢饉の先駆けに思えてならない……そう鈴は思った。


「でも、なんだろう……こう言っちゃうのもなんだけど、みんな落ち着いてるね」


鈴の言葉に、六郎太とナナシも頷く。

人々は不安そうだが、暴動が起こっている様子はなかったからだ。


「聞いたところによると、藩主の倹約令が効いたらしい」


六郎太が仕入れた情報では、代替わりした藩主の松平様が倹約令を敷いて食料を確保した。

そして藩主自らが倹約令を遵守し、民の見本となったそうだ。


「なんでも、藩主様自ら俺たちと同じ飯を食べて同じものを着ているとか。まったく、頭が下がる思いだねぇ」


藩主自ら粗末な食事をしているという事実は、民としては非常に好感が持てるものらしい。


「あと、上方からお救い米が届いたらしい。だから今はとりあえず落ち着いている、ということらしいな」

「そうだったんだ」


六郎太だけでなく、宿の主人や露店の男や旅人の話も同じだった。

白河藩は備蓄を確保し、産業を育て、今できることを一つずつ積み重ねているという。


「同じ苦しい状況なのに、藩によって全然違うんだね」


鈴が恐れていた飢饉は、確かにこの地にも忍び寄っていた。

だがそれでもこの藩はできることを藩主自らが行い、流通を頼り、危機にありながらも耐えていた。


(……白河の松平様が行っていることって)


喜二郎たちがやっていたことと似ている。

違う点は、白河では「藩主自ら」が先頭に立って倹約している点である。


それが人々の安心につながっているのだろうか。

鈴はこの時はまだ知る由もなかった。






---

「はい」


白河を出てからしばらくして、鈴が手を上げた。

先頭を歩いていた六郎太が振り返る。


「どした、スズ姉」

「お湯、使いたいです」


鈴の言葉に、六郎太とナナシが顔を見合わせる。


「たしかこの辺りに温泉があるって、母上に聞いたことがあるの。寄っていきたいんだけど」

「えぇ~……」


六郎太が露骨に嫌な顔をする。

ナナシは何も言わなかったが、指で目頭を揉んでいた。


今まで布で清めてたけど、そろそろお湯につかりたい。

銭に余裕はないのは知っているけど、もうすぐ白石だし仙台は目と鼻の先だ。


あとは気合で頑張れば、宿にも泊まらず行ける距離である。

それに確か父と母が湯治に行ってたのが、このあたりだ。


いっっつも、その時ののろけ話を聞かされていて、そんなにいい湯だったのか気になっていた。

もしかすると仙台の外を見る最後の機会かもしれないし、ぜひ寄っていきたい。


「……仙台に帰ってから、風呂に入るのではダメなのか?」

「いい温泉だって話だよ。なんでも片倉様もお入りになったことがある温泉だとか」


その時、ナナシがピクリと反応したのを鈴は見逃さなかった。


「それに武士はゲンを担いでナンボでしょ。行ってみない?」

「……俺は構わない」


ナナシが味方に付いたことで六郎太も諦めたのか、ため息をついて同意する。


「そんな寄り道するより仙台に帰った方が良いと思うんだけどな。仕方ないなぁ」






---

「は~……生き返るぅぅ」

父と母が入ったという温泉で、鈴は行儀悪く手足を放り出して浮かんでいた。


周りに数人の人がいるが、若い娘ばかりで誰も気にしていない。

というか、皆やっているので鈴もそれに倣っただけだ。


ちなみに当然だが男湯と女湯で分かれている。


江戸では男女混浴だという話だったので、その時はお風呂は遠慮していた。

江戸の風呂に入って来たトシが「すっげぇバッチかった」と言っていたので、ずっと手拭いで体を清めていたのである。


「しっかし、このお風呂はいいなぁ。母上たちが褒めちぎっていたのも頷けるよ」


鈴は久しぶりの広いお湯に、上機嫌で体を浮かべていた。




「よし、行こうぜ。ナナシ」

「おい、どこに行く気だ」


男湯で体を清めた六郎太が桶を手に股間を隠し、塀の向こうを指さす。


「さっき若い娘さんたちが入っていくのを見た。だから行こうぜ、ナナシ」

「俺はお前を見損なったぞ、六郎太」


呆れるナナシに「馬鹿野郎」と六郎太は声を張った。


「こういうのは嫁がいないときにしかできないだろ」

「嫁がいてもするものじゃない、俺は行かん」


なんだよ、と六郎太はバツが悪そうに頭を掻く。


「それに、今はリンも入っている。芳に殺されるぞ、お前」

「え、いや。それは……ここで行かなかったら、男じゃないだろ……?」


明らかに声が小さくなっていく六郎太に、ナナシはため息を吐く。


「それにここはよく声が響く。……どうだ、リン」

『覗いたら、芳に言いつけるって言っておいて』


塀の向こうから鈴の声が響く。

六郎太はがっくりと肩を落とし、大人しくお湯の中に戻った。


熱い温泉に入っているはずなのに、六郎太の顔は真っ青だった。

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