不穏な高級財産
「絹の値段が上がってる?」
「オイラが聞いてきた限りじゃ、そうらしいぞ」
もぐもぐと宇都宮城下で握り飯を食べながら、六郎太が言う。
商人の話を聞く限りだと、宇都宮藩に限らず、絹が高値で取引され始めているらしい。
(でも、絹って元々は高級品だよね。たしか)
絹の相場など鈴に分かるはずもない。
高級品なのだから、高くても不思議ではない気もするけど。
だが、鈴の脳裏にピンとひらめくものがあった。
「じゃあ、私たちが持っている絹を売れば、仙台まで一気にいけるんじゃない?」
「ところがどっこい、絹を売るのにも金がかかるんだな、こりゃ」
なんと、税は売るのにもかかるらしい。
しかも交換してもらった物のほとんどは、反物ではなく端切れや袖の切れ端ばかりだ。
売れても二束三文、下手すれば売った方が銭を取られてしまう。
なるほど、それは道行く商人たちが手放したがるはずだ。
(売れるとすればあの木綿のフンドシと、反物くらいかな?)
一反だけ反物でもらったのだが、これでは宝の持ち腐れである。
「持ってても仕方がないしな、次の宿代として交換してもらうか?」
「うーん、でも落ち着いてきたら、またふつうに販売できるようになるんじゃないかな。取っておいてもイイと思うけど」
絹は肌触りがいいし、見栄えがする。
でも普段使いはなかなかできないし、使い時が難しい。
絹の値段が上がっているのに、絹自体はあふれている。
そんなことが起こりうるのか、と鈴は不思議に思った。
いや、とナナシが話を引き取る。
「同じ考えをしている商人は、多いようだ」
ナナシは目を閉じ、周囲の話し声に耳を澄ませていた。
「物々交換で、税を回避して絹をため込んでいる商人がことのほかいるらしい。落ち着いたら売る気だろう」
この雑多な人の会話の中身を鈴は全く聞き取れない。
まるで忍びのような特技を持ったナナシ。……本当に忍びだったりして。
鈴の視線に気が付いたナナシは、咳払いして先を促した。
「ともあれ、この辺りはきな臭い、早めに仙台藩の方面に抜けよう」
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農民たちが、夜更けの屋敷をぐるりと囲む。
彼らは「高崎藩」の農民だ。
宇都宮藩の西側にある藩で、絹の一大産業地として知られている。
その誰もが、鍬や木槌を手にしていた。
そして、誰一人として口を開かない。
―――今の幕府はおかしい。
何をするにも銭を取られる。
米中心の世の中にあって、銭での取引を推し進めようとする。
税は米でなく、銭。
日ノ本にある銭の量はほとんど増えていない。
それにも関わらず、税を銭で支払わせようとする。
困窮する藩が出るのも当然であろう。
しわ寄せが行くのは弱いもの……すなわち、農民である。
ここ高崎藩でも例外ではない。
銭で取られるのだから農閑期を利用して銭になるものを育てるしかない、と農民たちは考えた。
血反吐を吐くような努力の結果、生糸や絹織物の生産が成長していく。
そのおかげもあって、高崎藩の農民たちは何とか税を納めることができていた。
だが農民の誰もが心では思っていた。
―――食えもしない、お偉いさん方が身に着けるためだけの作物をなぜ俺たちが作っているのか、と。
そして先月、幕府によって新たな税が発布された。
「絹の取引に、新たな税を課す」
その結果どうなったか。
絹を扱う藩の人間全員が思い知ることになる。
当たり前のことだが、絹に税がかけられれば「絹商品」を扱う商人は利益が少なくなる。
商人は税の分だけ利益を減らすわけにはいかない。だから仕入れ値を下げ、売値を上げるしかなかった。
そしてその影響はすぐに市場へ返ってくることになる。
当然のように農民が作った絹が安値で買い叩かれるようになった。
売らねば生きていけない農民に、否定する権利などあろうはずがない。
だが商人は、絹を買いたたくだけで終わらなかった。
市場に降ろすときは利益を確保するため、高値で売りさばき始めたのだ。
これが現在、絹は法外な高値なのに市場であふれている理由だ。
小さな商店は売るのにも税がかかるということで、泣く泣く手放す者も多くなり大商人の勢いは加速した。
―――何のために俺たちが、こんな食えもしない作物を作ったと思っているのか。
農民達の怒りは頂点に達した。
そしてとうとうその不満をぶつけるように、人々が集まった。
この夜、高崎で上がった怒りの火はやがて周辺の藩へ燃え広がる。
後に『天明絹一揆』と呼ばれる事件である。
その波は高崎にとどまらず、隣の宇都宮藩まで波及することになる。
天明の大飢饉の先駆けともいえるこの事件に、鈴たちは巻き込まれることになるのであった。




