故郷を求めて幾千里
「これ、食べられるかな」
「ちょっと待ってな……、あぁこれかな。……試してみるか?」
鈴と六郎太は途中で見つけた野草やら木の実やらを分析しながら、歩いていた。
江戸を離れ、鈴たちは食料確保を優先しながら旅を続ける。
今は、宇都宮藩へ向かう街道を歩いているところである。
鈴たちから少し離れて、ナナシが付いてくる。
最初は話し方が硬かった六郎太も、「そんな堅苦しい話し方だと私が疲れるんだよ!」と言われてからは、普段通りの口調に戻ってくれた。
ナナシは相変わらず口数が少ないけど、協力の意思はちゃんとある。
道中で危ないと思ったことは先回りして教えてくれるし、旅の知識も頼りになる。
「旅で絶対にやってはならぬことは何だ」
江戸を出た時、ナナシがそう鈴と六郎太に尋ねた。
「ええ……? 騙されないようにちゃんと話を聞くこと?」
「いや、これはオイラに身に覚えがある。街道以外の道を使うこと、だろ?」
ナナシはうなずく。
人が歩けば道になり、道が長く続けば街道になる。
人の出入りがあるというのは、それだけ人を守るための仕組みが出来上がっていることが多い。
一見近道に見えたとしても、人があまり通らないのには理由がある。
治安が悪かったり、天候が急変しやすい土地だったりだ。
多少遠回りに見えても、街道を歩き続ける。
これが旅の鉄則と言えよう。
「ナナシは旅慣れているんだね」
「……刀を持つものなら、常識だ」
あまり詳しく聞いてほしくないらしい。
代わりに六郎太がおどけて言う。
「オイラなんて米沢に来てから仙台に帰ったのなんて、ほんの数回だぜ。芳と利郎が懐かしいよ」
「トシロウ?」
鈴が聞き覚えがない言葉に反応する。
「トシのことだ」とナナシが補足した。
なんでも六郎太は芳に婿入りしてからすぐ米沢にむかったらしい。
トシと会えるのも数年に一度で、ここしばらくはそれもできていなかったとのこと。
「そっか。だからナナシと六郎太は面識がなかったんだね」
十二年前からの出来事をいつも人づてで聞かされるのは妙な気分だ。
日が暮れ始めてきたので、鈴たちは旅籠の近くで夕飯の準備に取り掛かる。
石窯を用意し、鍋に水を入れて沸かし始めた。
「一応、食べられそうなものは一通り採取してきたんだけど……」
カテメシの本で食べられそうな野草は全て集めた。
一応毒かどうかも調べる必要があったので、何か方法がないかと六郎太とナナシに尋ねてみる。
するとナナシは野草を少しちぎり、口に含んだ。
「……これは問題ない、こちらも大丈夫だ。これは毒はないが……苦みが強すぎる」
なんと直接、毒かどうかを判別していた。
ナナシ、何者なのだ。
「ま、まぁ。食べられるものなら大丈夫だよね。あとは料理なんだけど」
ちなみにカテメシには料理の仕方まで載っている、しかも図解付きだ。
これ見ながらなら、鈴でもなんとか……なるかもしれない。
ちなみに、鈴は米なら「研げる」。
米を「炊く」のは……たまに失敗する。
どうしよう。ここは紅一点である鈴が、頑張らなきゃいけないはずなのに……!
頭を抱える鈴に、六郎太が苦笑い気味に手を上げる。
「料理はオイラがするよ、これでも藩のお偉いさんの近くで下働きやってたからな」
六郎太は料理の才があったようで、喜二郎もそれを頼りにしていたらしい。
(こんなにみんな生活力があるのに、貰い手がいるのかな……私)
生活力でギリギリ勝負できるのがあの三吉という悲しい事実。
いや、彼は嫁を娶ったと言っていた。そうなると鈴が下から数えて一番かもしれない。
これが落ち着いたら、ちゃんと花嫁修業をしようと心に決める。
ちなみにナナシは捌くのはできるらしいが、料理はあまり心得がないらしい。
「あれ? でも蕎麦、茹でてたじゃない」
「見よう見まねだ。職人技には敵わん」
ともあれ道中で気を付けたのは、食料の確保である。
何せ銭がほとんどない。
食べるものを探して食いつないでいかなければ、水だけを頼りに仙台を目指すことになってしまう。
「よーし、そろそろできるぞ」
六郎太が鍋のふたを開き、お玉で一口味を見る。
良い匂いが一面に広がっていく。
それにつられて、旅籠を利用していた数人の人間が寄ってきた。
「旨そうな匂いだな、少し分けてくれないかい?」
「いいよ、十二文で…と言いたいけど、今日は具が少ないから八文ね。お金がないなら、物々交換でもいいよ」
売り子は鈴の役割だ。
八文、蕎麦の半額の値段と考えるとかなり安い価格設定である。
だが、穀物は入っていないので、腹の膨れ具合も半分と考えると妥当と言える。
集まってきた人は周囲と顔を見合わせ、一人がおずおずと八文の銭を鈴に手渡す。
「ほいよ、おっちゃん」
六郎太に渡された椀(椀は自分で用意しなければならない)に味噌で味付けした汁を掬って渡す。
くんくんと渡された椀の匂いを嗅いだ男は、一口それをすする。
「……うめぇ」
箸で掻き込むようにその汁を平らげる。
それを見た周囲の人間もありつこうと、銭を取り出す。
「なぁ、米ならあるんだが、どうだい」
「大歓迎だよ」
「俺は布の端切れならあるんだが……これくらいでどうだろう?」
「うーん、もう少しつけてくれたら嬉しいなぁ」
「オラは何もねぇ……ふんどしで腹いっぱい食わせてくれたりしねぇか?」
「いいよ。だからその汚いものしまって」
盛況の中、鍋の中は空っぽになった。
「六郎太、すごいね。大繁盛だよ」
「いや、食えるものが予め分かってるってのが大きい。現地調達できるから、元手は味噌だけだしな」
物資の交換で多かったのは米。次いで布系が多い。
ふんどしを差し出して交渉をしようとした男には腹いっぱい食わせた。
一応ふんどしは高級品である。
もらった戦利品をタライの中の水につけ、鈴がじゃぶじゃぶと洗う。
鈴は端切れを空にかざして疑問に思った。
「でも、これって絹だよね。美味しいとは言え、味噌汁一杯でもらってよかったのかなぁ?」
端切れはどう見ても絹だ、ちなみにこっちのふんどしは木綿である。
「本人たちが納得してるんだ。いいじゃねーの?」
意外だったのは、商人ではこういった絹を引き合いに出す者が多かったことだ。
絹のような高級品を、飯と交換するほど切羽詰まっていたのだろうか。
ともあれ、今日泊まる分の旅籠代は稼げた。
いつもギリギリのカツカツなので、何度か野宿したが、藪蚊がキツイ。
旅籠屋では大部屋のうちの一つに皆で雑魚寝する。
六郎太は飯の時に交換した酒を少し口に含んで、うんうんと唸っている。
「六郎太、私にもちょーだい」
「これは料理に使うんだ、絶対にダメだ」
どうやら酒がどの程度の物か確認していただけのようだ。
自分も酒を飲みたかった、残念。
翌朝、硬い床から這い出し、顔を洗いにいくため井戸に向かう。
いつの間にか起きていたナナシも、少し離れて付いてきた。
というか、ナナシ。胡坐かいたまま目をつぶっているけど、あれで寝ているのだろうか。
不思議である。
「うーん、朝日だぁ」
太陽が、山の谷間から顔を出す。
この峠を越えれば宇都宮藩である。
鈴たちは用意を整え、今日も歩き出した。




