「リン」と「スズ」
喜二郎の家へ続く雑木林、鈴は息を切らしながら走っていた。
木々の隙間を縫うように駆け抜ける。
胸が苦しい。足も痛い。それでも止まれなかった。
(何なの……!)
頭の中は混乱していた。
もはや菅笠の男たちが自分を追っているというのは気のせいではない。
木々の向こう。何者かの影が見え隠れする。
鈴はさらに足を速めた。
「はっ。はっ……!」
枝が頬を掠め、草履が滑る。危うく転びそうになる。
それでも立ち止まれない。
背後から声が聞こえた気がした。
「こっちだ!」
男の声だった。
ぎょっとして、鈴の背筋が凍る。
恐怖が一気に現実味を帯びる。
(叔父上……!)
今は喜二郎しか思い浮かばなかった。
叔父なら助けてくれる。
叔父ならどうにかしてくれるはずだ。
そう信じて走る。
だが。
「止まれ」
前方に人影が現れ、その言葉に鈴は思わず足を止めた。
菅笠を被った男。後ろにも気配がある。
左右の林の奥にも人影が見えた。
喜二郎の家に行く道は完全に遮られた。
(どうしよう…)
鈴の喉が鳴る。
逃げ場を探して視線を走らせる。
「…スズだな?」
先日も投げかけられた問い。
鈴は即座に否定した。
「だ、だから、違います! 私はリンです!」
男は訝しげなそぶりを見せ、懐から書付を取り出すと、鈴と見比べる。
そして小さく頷いたあと、片手を上げて何かの合図を出す。
「連れていく、大人しくしてろ」
そう言って男達はゆっくりと距離を詰めてくる。
急いでいる様子はない。
勘違いも甚だしい。
自分と間違われた『スズ』にも、一言文句を言ってやりたい気分だった。
鈴は一歩後ずさる。
男達も一歩、包囲を縮める。
鈴に武術の心得などない。
力で勝てる相手ではない。
ちょっと歴史には詳しいが、ここでは何の役にも立たなそうだ。
(でも、黙って捕まるなんて思わないでよ…!)
どうなるか分からないが、鈴は覚悟を決める。
取り巻きの一人が鈴の方をつかみかけたその時、鈴は渾身の力で男の股間を蹴り上げた。
「う、おおお! 何しやがるこのガキ!」
男の悲鳴が背後で響く。
鈴は振り返らず、無我夢中で闇の中を走った。
(次は逃げられない…!)
もはや完全に敵対してしまった。
ここから少し距離があるが、もはや実家に戻るしか助かる方法はない。
夕暮れの林の中を駆け回り、男たちと距離を離していく。
ここら辺はよく叔父上に連れられて遊び場にしていたから、よく知っている。
地の利は我にあり、というやつだ!
そして、林を抜けた先、見慣れた屋敷の塀が見える。
林家だった。
鈴は助けを求めるように、林家の門へ駆けた。




