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世界一の大江戸

鈴は喜二郎への相談事と、手形を送ってくれるよう頼む手紙をしたためた。

手紙は仁八が藩の境まで届けてくれるらしく、そこから六郎太経由で喜二郎に送ってくれるそうだ。


かくして鈴たちは江戸へ向かう準備を整える。

仙台の港に停泊する大船団、そのうちの一つを鈴たちが使わせてくれることになっている。

名主が指示を飛ばし、次々に荷物を運び入れる。


「……」

鈴は力仕事では役に立てず、浜辺でその様子を眺めていた。


だが、鈴のそばには一人の男がぴたりと付き添っており、なんとも言えない居心地の悪さがあった。

先日、鈴を攫った……いや、保護した男だ。


彼と彼が率いていた男たちが、どうやら鈴たちの人足にあたるらしい。

鈴が、にへらっと苦笑いを浮かべ、おずおずと口を開く。




「あの、あなたのことを、何て呼べばいいですか?」

「さぁな……だが、困るようであれば『ナナシ』とでも呼べばいい」

ぴくりとも表情を動かさず、能面のような表情で告げる菅笠の男、ナナシ。


彼は農民ではないようで、腰に刀を差している。浪人風ではあるが、一応武士なのだろう。

彼が鈴のそばに控えているのは護衛のためらしい。


自分よりトシの方が年下なのだから、彼の護衛をすればいいのに。

だが、トシが名主の傍らで帳簿を付けているのを見ると、頭を使う仕事をしている


どうやらこの場において本当に鈴はお荷物らしい。

何とも言えない気持ちだが、その間にこれからやらなければならないことを整理していく。


(えーと、江戸に着いたらやることは……)


1.まずは江戸の側用人、田沼様の子飼いの武士に取り次いで便宜を図ってもらうこと。

これは喜二郎が仁八に伝えていた段取りだ。鈴が江戸へ向かうことをあらかじめ見越していたのである。


2.次いで米沢藩、会津藩の藩邸を訪ねて、商品を紹介すること。

こちらも喜二郎が長年のやり取りで渡りを作った藩である。


3.そして、可能であれば他の藩邸を紹介してもらい、そこでも商品を紹介すること。

やることは主にこの三つだ。


(でも最初から難易度が高いのは気のせいかなぁ……?)

喜二郎がいまいる米沢のほかに、会津にも繋がりを得ている。


他にも加賀など近隣の藩にも面識があるのだという。

この十二年で何があったのか分からないが、とんでもない人脈を築いていた。

そして、喜二郎の話では田沼意知様という人に渡りをつけているらしい。


(田沼って、あの田沼様だよね)

その、あまり評判はよくないとか言われている、あの田沼様……。

ううっ……と鈴のお腹が痛くなる。


(でももう気にしても仕方がない、せっかく江戸に行けるんだ。楽しもう……!)

積み荷の積み込みを終えたころ、名主と芳が鈴の下にやってくる。


「頼んだぞ、リン。思いっきりやれ、トシ」

「「はい!」」

二人は威勢よく返事をし、ナナシとともに小舟で大型船に乗り込んだ。


暑い日差し、快晴の空。

仙台では久方ぶりの青空に、鈴とトシの気分は非常に高揚していた。

船旅は順調で、初めての航海にリンとトシは子供らしくはしゃいだ。




「……気持ち悪い」

しかしそれも半日だけで、すぐに二人は気持ち悪くなって寝込んでしまった。

船内でぐったりしている鈴を尻目に、トシはすぐに回復して船内を動き回っていた。

慣れの問題だろうか。


「船長のワイさんは先月子供が生まれたんだって。見張り番のトウロさんは嫁の尻に敷かれていて家に帰るのがおっかないんだって。あと三吉が『久々の船だぁ、ここらはブリが釣れるぜぇ』って言ってた。皆いろいろ知ってて面白いね!」

いや、これは好奇心の差かもしれない。


トシの話を、あーうーと呻きながら鈴は聞いていた。

そうしてこうして、突っ伏したまま数日が過ぎ、それでも船は遥か南を目指す。




「ついたぞー!」

船首から、雄たけびが聞こえる。

日ノ本一……いや、世界一発展した超巨大都市、江戸。

そこは別世界だった。





---

人、人、人。

軒を連ねる店々も壮観で、ひっきりなしに人の出入りがある。

そして屋台。あれが有名な江戸の寿司に天ぷら!


「すごぉいねぇ」

「うん……」

横を見るとトシも、初めて見る料理に涎を垂らしている。


名主のかわりに三吉が荷物の積み下ろしを指示しており、倉庫に運び込むまで少し時間があるとのこと。

在庫は倉庫へ運び込んでから確認することになり、少しばかり鈴たちは江戸の街並みを歩くことにした。


「リン! あれ食べようよ!アレ!」

「わわ、ちょっと待ってよ、トシ」

おにぎりほどもある大きな寿司をほおばり、天ぷらに舌鼓をうち、数々の名産、特産を物色する。

ちなみに小遣いは名主にもらっていたので、少し気持ちが軽い。


「食べないの? ナナシ」

「いらん」

先ほど買った寿司を差し出すが、ナナシは目もくれない。


ナナシは道行く人の流れを追っていて、まるでこちらには興味がないようだ。

だがそんなことお構いなしにトシが「はい!」と買ってきた田楽をナナシにつきだす。

ナナシは顔をしかめたが、観念したように受け取って口に含んだ。


なぜ、自分がダメで、トシはいいのか。解せない……!


「はい、リンの分。どーぞ!」

鈴が何かを言う暇もなく、目の前に田楽を差し出すトシ。


なるほど、この勢いに断れる人間はいない。勉強になった。

串を受け取り鈴も田楽を食べると、首を傾げた。


「んー? 甘い……のと、少しすっぱい?」

塩味は感じるが、コクがあまりない。日持ちしないのか、少し酸っぱさを感じた。

まだ来たばかりなのに仙台の味が恋しくなる。


「リン、そろそろ積み荷も落ち着きそうだって」

港付近でぶらついていた鈴たちは、様子を伺っていたトシからそう聞かされる。


いや、この子。本当にすごいなぁ。

方向性は違うけど、叔父上と同じような人たらしの天才じゃないだろうか。


トシの言葉を受け、散策を終えた鈴は挨拶のため、余所行きの服に着替える。

しばらくして積み下ろしが完了したらしく、トシは積み荷の在庫確認のため別行動になる。


(よし、まずは最初の話し合いを、頑張ろう)

用意した品々とその目録を確認する。



まずは田沼意知様の屋敷へ、挨拶に行こう。

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