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仙台城潜入計画

鈴は掛け軸を見つめたまま、きょとんとしていた。

対照的に、喜二郎の表情からは血の気が引いていく。


「……なぜだ!」

喜二郎は鈴の後ろから掛け軸をのぞき込む。


確かに、今まで見てきた掛け軸とよく似た造りだった。

それに、この掛け軸はどこかで見たことがある気がする。

どこだったか、鈴は思い出す。


(……そうだ、天明二年で見た掛け軸、かな)

そういえば未来の天明二年から宝暦十三年に渡った時、この場所でこの掛け軸を使ったのだった。


「叔父上、もしかすると…この掛け軸、一度見たことがあるかもしれない」

「なに……? 詳しく教えてくれ」

詳しくその時の状況と、この掛け軸のことを喜二郎に伝える。

伝え終わると、喜二郎はがっくり肩を落とした。


「なんということだ、こんな単純なことを見落としていたとは……」

鈴は同じ時間に存在できない。

ならば、一度行った時間軸に鈴が存在する限り、その掛け軸を使って時間を移動することはできないのかもしれない。


「掛け軸は、一度結んだ時代同士を繋ぐ門なのだろう。ならば、その門の先に既にスズが存在しているなら、門は閉じていると考えられる」

未来のために喜二郎が残し、やがて六郎太へ引き継がれた掛け軸なら、この一本は既に役目を終えたということになる。


つまり……この掛け軸では、スズはもう時掛けができないのかもしれない。

「情報を整理したい。スズが今まで使った掛け軸と、渡った時代について聞かせてくれ」




喜二郎は、これまで鈴がどの掛け軸を使い、どの時代へ渡ったのか一つずつ確認していく。


実家の掛け軸が三度。

喜二郎の家が一度。

仙台城が一度。


「でも、同じ掛け軸でも、私がいないなら時間移動できるんじゃない?」

「いや、その可能性は低い。そして推奨できない」

鈴の考えに、喜二郎は首を振る。


実家にあった掛け軸は、置いてあった場所は同じでも別物なのだという。

そういえば、一つ前の時掛けでは、祖父の部屋にあった掛け軸は何の反応も示さなかった。


実家の土蔵の掛け軸から、この時代にやってきたのである。

もう、掛け軸のある場所に心当たりはない。


「ど、どうしよう。叔父上……」

自分が生まれてくることで因果が狂わなければ、ここに留まるのも吝かではなかった。


しかし10年後の未来を約束し、ここで死ぬかもしれないとなれば落ち着いていられない。

もう、今更ながらに恐怖を感じてくる。

すると、喜二郎は口元に手を当てながら一言呟いた。


「可能性があるとすれば、仙台城だ」




仙台城、と聞いて鈴は思い出す。

未来の芳に連れられ、祖父の部屋から見つけた掛け軸。あれは仙台城にあった。


しかし、なぜ、仙台城にそんなものがあるのだろう。

鈴が疑問を口にすると、喜二郎が答える。


「それは、この掛け軸が……殿の奥方様から下賜されたものだからだ」

驚いた、これは祖父が書いたものではなかったのか。

まあ、こんなとんでもない道具を、一藩医が作れるとは考えにくい。


「でも奥方様から、なんでお爺様に?」

「父上の姉が、その奥方だからだ」

なんと。もしかして自分は姫君だったのだろうか、衝撃の事実だ。

すると、喜二郎は首を振る。


「彼女は……側室の一人で、位は高くなかったと聞いている」

喜二郎は一瞬だけ言葉を切り、続ける。


「元は父の友人が描いて藩へ献上した品だ。それを奥方様が受け取り、後に父上へ下賜されたらしい」

そのうちの一つを、喜二郎が頼み込んで預かったのが今目の前にある掛け軸のようだ。

もちろん、時を超えるなどという力は誰も知らない。ただの掛け軸として扱われているらしい。


ともあれ、仙台城には掛け軸がある可能性が高い。

什吾も最近は城に詰めることが多く、うまく彼に接触できれば掛け軸を見せてくれるかもしれない。

だが、問題がある。


仙台藩の奉行に追われているのに、仙台城へ突入するというのは大丈夫なのだろうか。

仮に自分がこの時代から移動できたとして、喜二郎はどうなるのだろうか。


(城へ無断で入ったなんて言われたら、咎められて打ち首になったりしないかな……?)

鈴の心配が伝わったのか、喜二郎が「心配するな」と鈴に声をかける。


「父を尋ねる急ぎの理由が一つだけある」

鈴を指さす。


「お主の母が産気づいた、と医者を訪ねるのは自然だろう?」




什吾を尋ねる算段は付いた。

しかしここで一つ問題がある。


「スズを、どうやって仙台城に引き入れるかだ」

喜二郎だけであれば、さきほどの出産作戦が使えるかもしれない。

だが、鈴も一緒についてくるとなれば、鈴には何かしらの肩書が必要になる。


「最も確実なのは掛け軸を某が見つけ、城下でスズに渡すことだが……」

城の物を無断で持ち出す、という案だ。


だが、それは先ほどとは比べ物にならない危険を伴う。

ここはやはり、身内の者として城に入れてもらうのがよいだろう。


「あ、いいこと思いついた」

鈴に名案が閃く。


「どんな案だ?」

「今から私が叔父上で、叔父上が市平になるんだよ」

その案に、喜二郎は言葉にできない表情をしている。


「顔立ちが違い過ぎる、父上に説明できぬ」

だがすぐに。

「……だが時間がない、やむをえまい」と、時間のなさを理由に頷いた。


喜二郎は倉庫の中から立派な余所行きの着物を取り出し、それに着込み始めた。

「義姉上に話をつけてくる、その間に着替えてくれ」

「わかった」

いつもよりもしっかりと着付け、喜二郎は実家に向かって走り出した。




「あら、家に来るなんて珍しいわね喜二郎。旦那様なら居間にいるわよ」

「義姉上、この喜二郎。一生のお願いに参りました」

喜二郎が実家に帰ると、玄関先で初が水仕事をしていた。

もう身重なのだから大人しくしていてほしい、という兄の市平の心配を、まったく気にしていない。


(こういうところは、親子だな)

喜二郎がどことなく感じているのは、その行動力が似ている点だ。

まったく、周りをいつも心配にさせる。


喜二郎は前振りも口上もなく、頭を下げた。

当の義姉は「一生のお願い」という喜二郎の言葉に、目をキラキラ光らせていた。


「明日はミゾレでも降るのかしら? 良いわ、どんなお願い?」

「唐突なのですが、急に産気づいたフリをしていただきたく……」

本当に唐突で、かなり無茶なことを言っているのはわかっている。


しかし、今は本当に時間がない。

この義姉は時間をかけて誠心誠意お願いすれば頼まれてくれるだろうが、もう手段を選んでいられなかった。

きょとんとした義姉は、なにやら面白そうな表情を浮かべて喜二郎を見つめる。


「そうね、確かにそんな気がしてきたわ」

「……何も聞かないのですか?」

「聞いてほしいの?」

喜二郎は首を振る。


「なら聞かないわ。可愛い義弟の頼みだもの、聞いてあげる」

「……感謝いたします、義姉上」

深々と喜二郎は頭を下げる。

だが、義姉は「ただし」と一つだけ条件を付ける。


「私の子供が生まれたら、ちゃんと優しく面倒見てくれる?」

「それはもう、必ずお約束いたします」


我が子を思う姿は、鈴とどこか重なって見えた。




帰ってきた喜二郎の話によれば、その後の実家は大騒ぎだったらしい。

結果的に喜二郎は慌てる父の市平から、登城のための手形を預かることになったのだとか。


「ともあれ、登城の資格は得た。鈴の方は準備できたか?」

「うん、これでどう?」

鈴は髪を喜二郎の物に結いなおし、渡された脇差を身に着ける。


月代もなく、すごく着せられている感はあるが、なんとか武士の子供に見えるだろう。

これが馬子にも衣装と言うやつかもしれない。


喜二郎も腰に刀を佩く。

そして土蔵にいくつか保管されていたつぼを取り出し、何やら顔に塗りたくる。


「……何しているの?」

「兄上の顔に似せている。少し待て」

喜二郎は少し年上に見える顔つきになっていた。


なんでも鮫の油と、泥を混ぜたものらしい。

美容だけでなく、こういった使い方もできるのか、と鈴は感心した。


「美容液ができたら、私にも試させてね」

「約束しよう」

そして喜二郎とともに仙台城へ向かう。




不思議と城下で感じていたまとわりつくような気配は意外にもなくなっていた。

鈴はちらりと喜二郎を見る。


「そういえば、叔父上はあんまり父上に似ていないね」

その旨を伝えると、「某は養子だからな」と返ってくる。


え、そうなんだ。知らなかった。


今まで血のつながりで! とか言ってきたので急に恥ずかしくなってくる。

「案ずるな、血は一応つながっている」

「あれ、そうなんだ?」

「詳しくはスズの時代に戻ったら某に聞いてくれ」

喜二郎は話を打ち切った。


あまりこの話題には触れてほしくなさそうだ。

仙台城につくころには日が暮れかけていた。

西日が差し込むこの時間帯は、人の顔をごまかすには絶好だった。




「嫁が産気づき、父の什吾に至急お会いしたい」

門番に手形を渡し、嫁が産気づいて什吾の手が必要なのだと説明する。


「市平……お前、なんか今日変じゃないか?」

「だから、嫁が子を産みそうなのだ、急いでいる」

「あ、ああ。そうだったな」

そのただならぬ空気と、手形が本物であることから、門番は二人を通す。


西日で喜二郎のことを市平と思ったようだが、鈴は喜二郎だと思ってくれたのだろうか?

月代もないし、ただ後ろで髪を結わえてちょんまげにしているだけなんだが。


「某が仙台城に来たことがあるのはこれで2度目。あまり認知されていないからだろう」

「叔父上も、もう少し父上らしく振る舞わなきゃね」

そんな軽口をたたきながら外堀を通過する。

だが、城内のことはあまり詳しくないのか、喜二郎はどうするか悩んでいた。


「たぶん、こっちだよ」

「そうか、以前来たことがあると言っていたな」

鈴は、以前什吾が出入りしていた部屋を思い出した。


たしか、城の外周にあったはずだ。

鈴は足早にその部屋にむかう。

だが、前から歩いてくる人影があった。


「平伏しろ、絶対に声を出すな」

喜二郎が素早く通路を開けて平伏すると、鈴もそれに倣った。


歩いてきたのは複数人、どうやら身分の高いお侍様らしい。

鈴達は息を殺したまま、その一行が通り過ぎるのを待った。


「……見慣れぬ顔だな、どこの者だ?」

「市平でございます。嫁が産気づき、弟とともに父を呼びにまいりました」

喜二郎が低い声でそういうと、目の前の人はぴたりと足を止めた。

しん、とした冷たさとともに、廊下に静けさをもたらす。


「市平、お主の弟のことは知っておる。顔を見せよ」

あれ、これ不味いんじゃない……?

しばらく無言のまま、時が過ぎる。


「清右衛門様、本日中の仕分けがまだ……」

その瞬間、心臓が飛び跳ねるかと思った。


目の前にいるのが、未来の芳が話していた、あの安倍清右衛門様……!


落ち着け、落ち着けと、心の中で自分を抑え込む。

汗が額を伝い、ぽたり、ぽたりと床へ落ちる。


「うむ……そうであったな。市平。喜二郎とともに後日顔を見せに来い」

「ははぁ!」

目の前の誰かにそう促され、影が遠ざかっていく。

喜二郎と鈴は平伏したまま、しばらく動けなかった。


「し、心臓が止まるかと思ったよ……」

「某も、生きた心地がしなかった」

というより、喜二郎は清右衛門様に認識されているようだった。


「スズと同様、某も目をつけられているからな。気が重い」

弱気な喜二郎を見るのは、初めてだった。




未来で見た、祖父の部屋にたどり着く。

そこはただの倉庫だった。


「な、なんで?」

そう思ったが、あの未来での什吾は左遷に近い扱いだった。

もしかすると、いま什吾がいる場所も違う可能性がある。


オロオロする鈴だが、喜二郎は「いや、お手柄だ」と鈴の頭を後ろからなでる。

撫でられた理由が分からず、鈴は部屋を見渡す。

その部屋には巻物のようなものが並んでいた。


「書庫の一つだろう。可能性でいうなら、ここに掛け軸が保管されている可能性は高い」

「そ、そっか。じゃあ、探そう!」

喜二郎と鈴は、周囲の巻物を片っ端から調べて回った。

散らからないように、それでいて迅速に巻物の中身を確かめる。


「ん……?」

その中の一つ。いや、巻物が入っているであろう不思議な色の箱に目が留まる。


未来で什吾の部屋で見たものとは形が違うが、こんな色の箱はそうそうあるものではない。

傷つけないよう慎重に箱を開けると、中に入っていた巻物の中に見覚えがある柄のものが混じっていた。


「これだ」

なぜだか確信があった。

これを開けば、時掛けができる。


「叔父上! 多分これだよ!」

「見つけたか」

鈴が喜二郎にその旨を伝えると、喜二郎が近づいてくる。

どうやら巻いている状態では、時掛けの作用はないらしい。


「長かったね」

「……そうか。いや、そうだな。スズにとっては長かったのだな」

喜二郎は何とも言えないような表情を浮かべていた。


嬉しいような、寂しいような、そんな表情。

母上が少し家を離れた時、父上が浮かべる表情にそっくりだ。


この掛け軸でいつの時間に飛ぶのかわからないが、少なくとも鈴と喜二郎が会えるのは12年後。

喜二郎は微笑んだ。


「12年で準備を整えておく、任せてくれ」

今まで見た、どの笑顔とも違う。本当に安心できる笑みだった。


「うん、叔父上。その時を楽しみにしているね」

別れの言葉は、もう何度も交わした。


だから、あとはまた会ったときに話をしよう。

鈴は掛け軸を開く。




そして景色が迫ってくる。


きっと、これが未来への新しい扉になることを願って。

そして、そこで重大なことに気が付いた。


(あ、脇差と服を返すの忘れてた!)


光の波に鈴が攫われていく傍ら、鈴はそんなことを思い出していた。



―――鈴が気が付くと、実家の土蔵の中にいた。

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