一振りの刀に託した代償
「なぁ、軽い気持ちで聞く訳じゃないんだけどよ」
三吉がそう言って、一旦話を区切る。
「堰ひとつ取られただけで、本当に飢饉になるのか?」
収穫が増えたのに飢饉が起きる、という話を聞いても三吉は納得がいかないらしい。
「堰が全ての原因ではないけど、オイラたちが堰を使えなくなると色々なものができなくなるんだよ」
堰が自由に使えなくなると、味噌が作れなくなる。
味噌が作れなければ、米沢との交易も立ち行かない。そうなれば塩も大豆も手に入らなくなる。
米沢と渡りをつけるための鯉を育てるなんて、それこそできなくなるだろう、と太郎は言う。
そこだよ、と三吉が手を叩いた。
「水が使えればいいだろ? 井戸掘るとか、そういったのじゃダメなのか?」
「井戸の水じゃ、あの味噌は作れないんだよ」
芳がそう言って首を振る。
芳たちが作る味噌がおいしいのは、良い水をつかっているかららしい。
「それに井戸水に頼ると、万が一病で汚染されたら飲み水すら大変になるし」
「あぁ~……流れる水が必要だから、堰が必要っていうわけね。納得」
収穫量の増減だけでなく、病対策にも堰の水が必要になる。
そのためには農業用水で大量消費するのは避けておきたい。
「でも、そしたら……あ、いや……なんでもない」
「どうしたのよ、三吉。言いかけて止めないでよ、気持ち悪い」
芳の言葉に、バツが悪そうに三吉が確認する。
「喜二郎、言っても怒らないか?」
「ああ」
「喜二郎はてっきり、過労でお陀仏するんじゃないかって、俺は思ってたからよ……」
「このアンポンタン!」
喜二郎じゃなくて、芳がその言葉に怒った。
だが、三吉の言葉にはかなりの現実味がある。
その言葉に、喜二郎は首を振って否定した。
「いや。明和二年以降、事業はかなり人に任せるようにしている。過労で死ぬことはあるまい」
その言葉に、今度は全員が喜二郎を見た。
その表情におかしなところはなく、本気で言っていることがわかる。
(もしかすると、最初の時掛けで未来に行ったとき……叔父上は本当に過労で亡くなっていたのかもしれない)
あの時は新しい堰の話もなかった。
しかし、今は働きづめだ。
これで仕事をかなり分散したというのだから、最初の喜二郎の負担はどれほどだったのだろう。
最初に時掛けした未来では「喜二郎は過労でなくなっていた」と言われても不思議ではない。
(たしかに、叔父上は何でもできる。……だけど、叔父上は一人しかいないんだよ)
このまま叔父上にすべてを任せてしまえば、未来はまた同じ結末を迎える。
むしろ堰が重大な問題だからこそ、叔父上一人に背負わせてはいけない。
(そういえば、明和五年……最初に叔父上に会ったとき、『堰の問題を頼めるか』って私に聞いてきた)
あの何もできなかった、最初の時掛け……過去の鈴は「できると思う?」と答えた。
その時、彼の表情は特に気にした様子もなく、回りに指示を出していた。
だが、振り返ってみれば喜二郎が鈴に頼みごとをしたのはあれが最初で最後だった。
彼は米沢行きの予定を調整し、自ら堰の問題を解決した。
そして、その後再び米沢へ向かった隙を突かれ、名主派によって堰は奪われた。
喜二郎がいなくなれば崩壊する。それほどまでに皆が叔父上へ頼りきってしまっていた。
この堰の問題は、喜二郎抜きで解決しないと、彼が米沢に行ったときに崩壊する。
叔父上が一人で背負う未来だけは、絶対に繰り返したくない。
そんな気持ちが鈴の中にはあった。
「……案ずるな。堰の問題を解決すればよいだけのことだ。この件は後日、改めて考えよう」
喜二郎がそういったことで、その日は解散することになった。
彼は「改めて考えよう」と言ったが、このままではいけない気がする。
(叔父上は、一人で解決しようとするつもり、だと思う)
そんな予感めいたものが、鈴の中にはあった。
だとしたら、どうすればよいのだろう?
鈴は始まりの部分から思い起こしていく。
そもそも、なぜあの堰の使い道を名主や藩に左右されなければならないのだろう。
(叔父上が私財で造った、表に出せない堰だから……?)
当初は、藩に許可が下りないということから、喜二郎が個人として作り上げたのが堰の始まりだ。
当然藩には報告はしておらず、村も半ば黙認する形で、あの堰を利用している。
だから藩が本気で調べれば、無許可で築いた堰であることは隠し通せない。
それが村にとっての最大の弱みだった。
だからこそ、そこを何かこう……解決できる術があれば、堰問題は片付くのではないだろうか。
(……ダメだ、私だとこれ以上良い案が思い浮かばない。整理も足りてない気がする)
ぐるぐる回る思考の中で、ため息をつく。
こういう時に喜二郎に相談すれば、答えを出してくれる。
だけど、喜二郎は何の根拠もなく答えを出す人間ではない。
わからないことや不確定なことは、後日確実な内容を伴って調べてくるのが喜二郎だ。
それが、彼に頼ってしまう理由であり、彼が疲弊していく理由でもある。
相談する塩梅が難しい。
塩釜からの帰り道、三吉を除く4人は馬に乗りながら他愛もない話をする。
「私、キジ兄の馬に乗りたかったのに」
「お前がキジ兄の馬に乗ったら、誰が手綱を握るんだよ」
街道を歩く馬は二頭だ。
喜二郎が乗ってきた馬、そして鈴たちが乗ってきた馬である。
馬は鈴と喜二郎、芳と太郎の組み合わせだ。
鈴も馬を扱えないわけではないが、まだ慣れていない。
そのため、手綱を任されるのは主に喜二郎と芳だった。
「キジ兄も何とか言ってやってくれよ」
「ん……? ああ、そうだな。芳がいてくれて助かった」
「ほらぁ、そういうところだよ、ズルいの」
「……ああ、そうかもしれないな」
振り返ると、喜二郎が馬上でうつらうつらと船を漕いでいた。
「……寝てていいよ、叔父上。紐で結わえておけば、落ちないと思うし」
「そう、だな。すまないが、頼めると、ありがたい」
鈴は馬の道具袋から長いたすきの帯を取り出すと、喜二郎と鈴をガッチリと結わえる。
あとは馬具の鞍と結び付ければ、簡易二人羽織の出来上がりだ。
「あ、スズ姉ズルい! 私と変わってよ!」
「もう無理だよ」
賑やかな道中、鈴は背中に預けられた叔父の体温を感じながら、静かに手綱を握り続けた。




