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商売は売ることでなく、価値を見つけること

「見てただろ。臭い。固い。売れない。誰も買わねーんだよぉ」

三吉がお手上げというように肩をすくめる。

鈴が首をかしげる。


「まぁ、このままじゃ美味しく食べられないよね。匂いもひどいし」

「だろ?」

なぜか得意そうな三吉。褒めてないよ。


「でも、傷みやすいっていうだけで、元々は美味しいのかもしれないじゃん」

鈴がそう尋ねると、「ああ、獲れたてなら、むしろ旨いものだよ」と三吉は頷いた。


大きすぎて丸ごとは売れず、かといって切り分ければ魚臭さが回ってしまう。

鈴はあまり魚に詳しくない。

だけど、こういった生き物には、食べるだけでなく使える部分があるのではなかろうか。


「食べなくても売れる部分、あるよね?」

「魚を食べなくてどうするんだよ」

喜二郎の脇差の柄を見て、ふと思い出した。

鈴は喜二郎が持つ脇差を指す。


「確か昔、刀の柄にサメの皮を使うって聞いたような……」

すると、喜二郎が一瞬きょとんとし、考え込むように顎に手を当てた。


「あまりに酷い匂いのせいで思い至らなかった。……その通りだ」

喜二郎が実際にサメを見て対策を決めようと提案する。




まずは現物を見てみないと話が進まない。

三吉は店をしまい、よく漁をしている海沿いに鈴と喜二郎を案内する。


「待ってな、すぐ獲ってくるからよ」

「ちょっと、いきなりスッポンポンにならないでよ」

あっという間にふんどし一丁になった三吉に、鈴が苦言を呈する。


三吉はそれに苦笑いしながら、銛を片手に海へ飛び込んだ。

しばらく変化がなく、水面の泡だけが浮き出ては消える。


「お、叔父上……」

「……」

彼が溺れたのではないかと鈴は心配になってきた。

喜二郎もその不安がよぎったのか、額に汗をかいている。


だが、視界の端に黒い海の中から突き出る背びれが、三吉の飛び込んだ辺りへ近づいていた。


「なに、あれ? あ!」

背びれが消えたかと思うと、海面に赤い血がにじみ出た。

いよいよ心配になってきた鈴は、喜二郎と顔を見合わせて生唾を呑む。


「ふー…ほれ、仕留めたぞ」

「あ、三吉! ひゃぁあ!」

三吉が担いできた魚は、なんとも恐ろしい形相をしていた。

初めて鮫を見た鈴は、腰を抜かして海岸に尻もちをつく。


「ほぅ、これがサメか……見たのは初めてだ」

「お、叔父上! よく落ち着いていられるね!」

あ、しまった。喜二郎呼びを忘れていた。

だが、今はそんなことより目の前の魚だ。口がギザギザした野犬みたいで、本能的に恐怖が沸き上がる。


「陸にあがった魚など、どうとでもなる」

「でも、その口ぃ」

やれやれ、と言って喜二郎は三吉とサメを担いで陸の方へ歩き出す。

驚きのあまり気づかなかったが、あの耐え難い異臭は漂っていなかった。




「さーて、これをどうする?」

「とりあえず、煮てみるか」

内臓を取り出した鮫を、喜二郎はとりあえず煮てみることを提案する。

焼いてダメなら煮てみるということか。


「でも、あのへんな匂いしないし、今なら焼いても食べられるんじゃない?」

「……試してみるか」

ツンツンと鮫の身体をつつきながら鈴は提案し、喜二郎がうなずく。


三吉と喜二郎が料理をしている間、鈴は手持ちぶたさになる。

鈴は料理が苦手だ。母によく「嫁の貰い手がなくなりますよ!」と叱られている。


……米くらいなら、炊ける。たまに焦がすけど。

やることがなく落ち着かないので、取り出された内臓の使い道を考え始める。


「とりあえず、塩を振ってみよう」

鈴は実家から持ってきた塩を取り出す。塩釜で買うことを想定していて、品質を比べるために持ってきたものだ。


だが。


「えっ? ああ!」

鮫の油のことを忘れていた。さきほどツンツンしたばかりだったのだ。

つるりと滑った手元から塩壺が離れていき、鮫の内臓の上に豪快にぶちまける。


「……」

サメの内臓の塩漬けの出来上がりだ。


喜二郎たちは鈴の失態に気づいていない。

鈴は無言のまま、そっと落とした塩壺を懐にしまい込み、膝を抱えて二人の料理ができるのを待った。




「不味くも、うまくもない。……というか硬い」

「そりゃ……皮を剥いていないんだから、仕方ねぇよ」

喜二郎の焼き鮫も、三吉の茹で鮫もおいしくなかった。

というか噛んだだけで顎が外れそうだ。皮は食べられないらしい。


「でも、別に臭くはないね」

「あと数刻もすれば、さっきの匂いになっちまうさぁ」

三人は色々な調理を試してみるが、これといって成果はない。


とりあえず鮫から皮をはがし、加工ができるかは後日喜二郎が試してみるらしい。

あぁ……喜二郎の仕事がまた一つ増えてしまった。


「そういえば、あの内臓はどうする? 捨てるのか」

「まぁ、捨てるさ。あれは食えねぇよ。油ギトギトだしな」

「……う、うん」

鈴が目を泳がせる。なんて言おう。塩のこと。


「スズ、塩をくれ。味付けで変わるかもしれん」

「はい、その、ごめんなさい」

鈴が壺を手渡すと、中身が半分ほどに減っていることに喜二郎が首をかしげる。


「……なんでこんなに塩の減りが早いのだ」

だらだらと鈴は脂汗を流す。

ジトリとした喜二郎の目に、鈴は観念したように「い、言います」と両手を地につけた。


「落っことしちゃった、あれに……」

鈴が指さす先には先ほど置いておいた内臓。


ただでさえ油まみれだった内臓が、それはもうすごいテカテカと油を垂らした姿になっていた。

だが、その鮫の内臓を見ておかしなことに気が付いた三吉が首をかしげる。


「いや、ちょっと待てよお二人さん。なんかこの油、透明じゃねぇ?」

「え?」

鈴は目を背けていた内臓の塩漬けに目をやる。


塩によって大量の油が染み出していた。

しかし三吉の店で見た、あの濁ったような色ではなく、透明のしずくのようなものが内臓の上に浮かんでいた。


「……うん、臭くねぇ。使えるんじゃねぇか、これ」

ぺろりとそのしずくを舐め、三吉がにっと笑う。

喜二郎と鈴もつられて指先ですくって舐めてみる。


「……いや、あの時食べたえぐみが濃縮されたような味だ。このままじゃ難しい」

「で、でも。こんだけ匂いがなくなったなら、他の使い道もできるかも! ほら、油だし!」

匂いが少ない油というのは貴重だ。

せめて自分が落としてしまった塩以上の価値があってほしい。


それから三人は再び試行錯誤を繰り返していく。

いぶすことで、ひとまず匂いを抑えられることが分かったのが、その日の一番の収穫だった。


「これは長丁場になるかもしれないな……」

喜二郎はそうつぶやきながら、その日は宿をとって休むことになった。






---

「……眠らないんですか、叔父上」

行燈の中で目をこする鈴と、紙に筆を走らせる喜二郎の目線がちらりとあった。

彼は行儀悪く干し芋を口にくわえながら静かに微笑む。


「今、面白くなってきたところだ」

「もう……こんなところまで筆を持ってくるなんて、信じられない」

呆れながらそれを眺めていた私に「もう寝ろ」と喜二郎は手を振る。

それからしばらく様子を見ていたが、次第にうとうとしていく。


燃える行燈の火が、ゆらゆらと揺れていた。



どうして喜二郎は茨の道を歩み続けるのだろう。

私がこの道に巻き込んでしまったのだろうか。


(違う……巻き込んでしまったのか、じゃない)


きっと、最初に業を背負わせたのは私だ。

たった一人のこの小さな背に、どれだけ重い未来を託してしまったのだろうか。


喜二郎はたしかに麒麟児かもしれない。

でも……彼はまだ私より年下の子供なんだよ。


分かってほしい。

荒野をさすらうあなたにも、幸せになってほしいんだ。


たった一人で背負うのではなく、私も同じように……きっと……きっと。

流れ星のように伝う一筋の涙が、布団に横になった鈴の頬に落ちていった。






---

「……お前ら、変な奴らだなぁ」

朝一番、三吉の漁の場にたどり着いた鈴達に、彼が言った。


「なに? いきなり」

「こんな半端モンの俺に声かけたり、嫌われている鮫をどうにかしようなんてよぉ」

もう来ないかもと思った、と三吉は打ち明けた。


たしかに、昨日商品になりそうな手掛かりはほとんど手にできなかった。

喜二郎が遅くまで机で何か書き物をしていたが「考え事だ」とどこかで聞いた台詞だけで、鈴は何も聞いていない。

朝起きた時には喜二郎は布団の中にもいなかった。


「こちらとしても、いろいろ必死なのでな」

「そうかい」

そういって三吉は再びふんどし一丁になって銛を構える。

昨日と同じく、鮫を取りに行くところから始めるのだろう。

三吉は海に飛び込む直前、磯の端に足を止める。


「……『俺ら』を初めて真面目に見てくれたのはアンタ等が初めてだ。ありがとよ」

こちらに振り向くことなく、三吉は海に飛び込んだ。



「三吉って、素直じゃないね」

「商売も人も同じだ。価値のない人間などいない。誰も見ようとしていなかっただけだ」

それに、と喜二郎は続ける。


「スズに比べれば、みんな捻くれた人間ということになる」

どういう意味、と鈴は口をとがらせるが、喜二郎は気にすることなく手元で何かをやっている。


「……何してるの?」

「油をどうにかできないか、考えていた」

手元に紙はないのに、そこに紙があるかのように喜二郎は目を走らせている。


そういえば喜二郎が遅くまで机に向かっていた。

半紙には「保存」「加工」「薬」「灯火」などの文字が散乱していたのを覚えている。


「油って使い道多いもんね」

「ああ。だが、あのままでは使い物にならない」

あの後、持って帰った油はすぐに色が変わってしまった。

匂いもきつくなり、捨てるのはもったいないと油代わりに燃やしてみたが、さらにひどいことになったのだ。


「だが、工夫次第では、あれが一番売れるような気がする」

「へぇ、自信があるんだね」

鈴がそういうと、喜二郎は意地悪そうに笑みを浮かべる。


「塩半分を使ったんだ、元は取りたい」

「う……そろそろ許してください。叔父上」

そんな軽口を言い合うと、早速三吉が昨日よりは小さい鮫を獲ってきた。


「ふーっ。で、これからどうするんだ」

「考えがある」

喜二郎はさっそく三吉に鮫を捌いてもらい、肉を解体する。

そして手にした工具は小ぶりの木づちだ。


「えっ、ひょっとして鮫皮製品を作るの?」

「違う」

喜二郎は木づちを三吉に渡し、「骨を粉々にしてくれ」と依頼する。


「いいけどよぉ、肉体労働ばかりじゃねぇか、俺」

渋々としながらも素直に木づちを振り上げて骨を砕いていく。

喜二郎の方は脇差を抜き、肉を細かく叩いていく。


「皮は乾かしておいてくれ。そっちは後日試す」

「へいへい」

「スズ、悪いが山芋とか、粘り気があるものを買ってきてくれないか。あとすり鉢があれば借りてきてくれ」

「芋? わかった」

鈴は喜二郎から小銭を受け取り、町へ買い物に行く。

こんな昼なら女一人で歩いていても大丈夫だろう。


(久しぶりのお買い物だ!)

手にした小銭を握りしめると、鈴の頬は少し緩んだ。




各々の作業が終わると、喜二郎はそれをすり鉢に入れて全て混ぜ合わせた。

「ははぁ、なるほど、すり身ね」

「あのままでは硬くて食べられたものではないからな」

ある程度形になると、それを串にさして焼き始める。


「あれ? 何かいい匂いがする」

「野草を摘んできて、少し混ぜた」

なるほど、肉の匂いを草と混ぜることで和らげたのか。

喜二郎はやはり頭がいいのである。


「よく思いついたね。そんなこと」

「……以前にも似たことを試したことがある」

喜二郎は珍しく苦い顔をした。あまり思い出したくない失敗だったらしい。


鮫のすり身が焼きあがると、みんなが一斉にかぶりつく。

「あ! なんか……おいしい? 気がする」

「骨は余計だったか」

喜二郎の言葉に「俺の苦労はなんだったんだ」と三吉が項垂れる。

確かにすり身って、頭とか骨とかすべて入れるのが普通だもんね。


しかしすごい。

昨日はあんなにも食べるのが億劫だった鮫の肉が、食感を変えただけで食べられるほどにもなった。


「……味はまだ売り物には程遠い」

「そう?」

最初に比べれば大きな進歩だと鈴は思う。

喜二郎は満足していないようだが、十分すごい発見だと思った。


「まぁ……今はこれが精一杯だ。改良の余地はあるが、それはおいおい考えよう」

「昨日の燻製肉もあるし、しばらく鮫肉加工には困らないね」

三人がそういって顔を合わせると、三吉が手で目をぬぐう。


「俺ぁ嬉しいよ。こいつにも使い道があるって知れてよ、ありがとな」

「礼を言うのはこちらだ」

色々と懸念点はあるが、もしかしたら鮫産業は本当に銭になるのかもしれない。

銭稼ぎの候補ができて、喜二郎の表情も晴れやかだった。


「……どうだ、三吉。某に雇われないか?」

「俺をか? いいのか?」

喜二郎がうなずいて、小袋を差し出した。


「鮫のことはお前が一番知っている」

「……塩職人にも漁師にもなれなかった俺でも、役に立てるのか」

三吉は感慨深そうに受け取った銭を見つめ、力強く握りしめた。


「……俺の袖には、多すぎる銭だぜぇ」


その感情は、おそらく誰からものけ者にされてきた三吉にしかわからないものだろう。

こういう時は事実だけ、そっと言うのが一番かもしれない。


「三吉じゃないと、鮫を獲れなそうだしね」

鈴は鮫の頭を指さす。


恐ろしい顔つきの鮫を見て、三人は笑いあった。

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