塩釜の三吉
鈴と喜二郎は塩釜へ向かう。
しかし塩職人たちは一見の子供相手に冷たく、まともに取り合ってくれなかった。
「なんで塩があんなに高いの! さっき市場で見た値段の倍じゃん!」
「あの値では、某の資金だと大した量は買えん」
相手が子供だと思ってか、足元を見られる。
藩医の家系だろうが、武士だろうが関係ないらしい。
さすが海の男たちだ。頑固で融通が利かず、体つきどころか頭まで石のように固い気がする。
喜二郎があの手この手で交渉を試みるが、徒労に終わった。
ならば、と鈴が自分達で作ろうとし、製法を聞くと追い出された。
「根回しが重要、と父が力説していたのを思い知った」
喜二郎はつぶやいた、しょんぼりしている。かわいい。
「叔父上、あそこに露店出てるよ。寄っていこうよ」
せっかく塩釜まで来たのだから、魚食べていこう、と鈴が提案する。
呑気だな、と喜二郎は肩をすくめるが、その案に賛成してくれる。
魚はほとんど仙台城下へ運ばれていくようだが、塩釜では加工された魚で売られているところが多い。
特に江戸で人気だという酢飯を使った寿司は、塩釜でも評判らしく非常に美味であった。
しばらく塩釜の街並みを散策していると、強烈な魚臭さの漂う露店を見つける。
「ええ? 何この匂い、鼻が曲がりそう」
「ご挨拶だな、嬢ちゃん。陸の人間にゃあ、めったに見られない魚なんだぜぇ」
店主をしている青年が、そういって歯を見せる。
だがあまりにも強烈な匂いのため、周りの店は3店舗ほど距離を離して店を構えていた。
「えぇと、何の魚なの?」
「フカ……サメだよ」
それにしても匂いがスゴイ、店はおろか客さえ匂いの届く距離を避けるように歩いていく。
しかもここは町の隅側だ、並ぶ客などおらず閑古鳥が鳴いている。
「どうした、スズ。行くぞ」
「おじ……喜二郎、ちょっと待って」
外ではあまり叔父と呼ばない方がよいということで、喜二郎呼びに言い直す。
鈴は少しサメという魚に興味を持った。
食べたことはない、ちょっと食べてみたい。
「切り身を売っているみたいだけど、どうやって食べればいいの?」
「あ? んなのは自分で考えてくれよ」
青年は首をかしげるばかりだった。これでは売れるはずがない。
三吉は普段は干して食べると言ったが、今日は焼いてみることにした。
とりあえず塩があるというので、少しおまけしてもらい、切り身を焼いてみる。
「なんか、こう…ギトギトしている」
テカテカというより、ギトギトだ。
焼いているそばから強烈な匂いが立ちのぼり、着物にまで染みつきそうだった。
焼きあがったサメを、喜二郎と鈴は食べてみる。
「「……」」
しっかりとした歯ごたえ、口に溢れる肉の油、そして鼻に抜ける臭いは独特で――。
いや……はっきり言おう、不味い。
しっかり火を通したのに、生臭すぎる。
これでは売れるわけがない、と改めて鈴は思った。
その旨を伝えると、青年はがっくり「そうだよな」と肩を落とした。
でも、自分はこれしか獲らせてもらえないんだ、と三吉と名乗った青年は苦笑いしていた
「どうしてサメを売ってるの?」
「あぁ~……俺は塩職人の三男でね、どこにも居場所がないのさぁ」
聞くと塩職人の子なので知識があるが、三男で家業継げないらしい。
「だから、漁をしないと暮らしていけなくてね。半端者で嫌われてんのよ」
どうやら実家は金持ちのくせに、三吉は漁もして資源を得ていると思われているとのことだ。
豊かな漁場は他の漁師が独占しており、サメが出る危険な海域しか許可してもらえないらしい。
「良い漁場は人がいっぱいでね。外れのところにいけば魚はいっぱいいるんだが、こいつも出る」
そう言って三吉はサメの切り身を指さす。
三吉は危険な漁場で魚を捕るか、そこに現れたサメを獲るかしかないらしい。
サメは大きな魚だが、人気がないのには理由がある。
傷みが早く、すぐ食べないと異臭を放つのである。
獲るに苦労も多く、油も多く、皮も硬く、できればいなくなってほしい存在として漁師内では思われているのだそう。
三吉は「せめてこの匂いさえなければなぁ」と嘆いている。
「大変だね……」
鈴は言葉を失う。
何か力になれないかと思ったが、すぐには妙案が浮かばなかった。
だが喜二郎はしばらく考えて、鈴を手招きした。
「どうしたの、喜二郎」
「スズ。……彼と手を組もう」
喜二郎は口一番に言った。
「え? サメがおいしかったの?」
鈴が聞くと、喜二郎は否定する。
「違う、そっちじゃない。塩職人という肩書のほうだ」と。
鈴と喜二郎では、塩職人と繋がりを見つけるのは難しい。
しかしここにあぶれて困っている塩職人がいる、これを取り込まない手はないと。
うーん、と鈴は唸る。
「でも、塩職人として取り込めるのかな?」
「やり方次第だ」
喜二郎は三吉に「塩職人として雇われてみないか?」と相談する。
しかし三吉は厳しい顔をした。
「そりゃ、実家の家業継げるならそうしたいけどよ。言ったろ、塩職人としての俺の居場所はないって」
ほぼ家業は長男と次男が独占しているらしい。
塩の製法や家の繋がりから取引することはやぶさかではないが、三吉と専属取引してもあまり活動はできないのだという。
「では、その家の繋がりで塩を売ってもらうことはできるか? 礼はする」
「いやぁ…少しならまだしも、商売するほどの量は難しい。紹介しても門前払いされるだろうぜぇ」
三吉を通しても、それは伝手にならないらしい。大分冷遇されている。
二進も三進もいかない状況に、喜二郎は肩を落とす。
塩商人として繋がりは持てそうであるが、肝心の三吉にほとんど権限がない。
そんな人物とつながったところで、ほとんど得るものがない、と考えていそうだ。
だが、その前に気にすることがある、と鈴は思った。
それは銭だ。
いくら喜二郎が子供ながら稼いでいると言っても、それを元手に商売できるほどの大金はないだろう。
たとえ塩職人と取引できることになったとしても、銭がなければ継続性はない。
むしろ銭を持っていないから門前払いされ、話も聞いてもらえないとも考えられる。
うーん、と鈴は考えこむ。
だったら、塩を買う銭を先に稼げばいい。
鈴はサメの切り身を見つめた。
「このサメ、売れないかな?」




