未来の断片
鈴はまず未来で見てきたことを詳しく思い出す。
米沢との交渉に使う題材の案はすぐには思いつかないからだ。
鈴は天明三年に見た出来事を思い出す。
未来で見聞きした出来事――病、水不足、飢え、そして米沢藩からの救援。
六郎太の話では、米沢は飢饉の初めの頃は被害が比較的軽微だったらしく、一部救援してくれたと言っていた。
だが飢饉の被害が想像以上に広がり、米沢も共倒れに近い状態になってしまったのだという。
「でも、何が失敗だったかは少しわかるんだけど、何が成功していたかは全然わからないんだよね」
鯉が米沢との繋がりを生んだことだけは覚えている。
鯉を売って銭を稼いだのだろうか。だが魚より、もっと日持ちする商いはいくらでもある気がした。
それに、未来で仙台の鯉は食べつくしていたと言っていた。
しばらく考えこむ喜二郎。
「未来で某は何をしていたのだ?」
「働き過ぎて養生している、って六郎太が言ってた。仙台にはいないって」
「……某が、養生? ありえん」
いやいや、喜二郎はまだ11歳なのにこの働きよう。過労のため遠くで養生しても不思議ではない。
「叔父上、自分の身体を大事にしてよ。私も心配だったんだから」
「……いや、待て」
喜二郎は口に手を当てて、眉根を寄せた。
「スズ、お前は、未来のお前に会えたのか……?」
「……あれ? そういえば未来の私はどこにいたんだろう」
六郎太の口ぶりから、自分と会ったのは久しぶりだったような感じだ。
自分は喜二郎の養生のために一緒についていったのだろうか。
あまり深く考えても仕方がない、と鈴は思い直したが喜二郎は違うらしい。
視線を畳の上に落とし、その額には汗がにじんでいる。
「どうしたの?」
喜二郎は見たこともない表情で鈴を見ていた。
「いや……何でもない」
顔色の悪い喜二郎は、何も言わなかった
喜二郎はそれからその話題には触れなかった。
代わりに米沢と取引するための商材に、話が移っていく。
「取引……あの時、何かあったかな」
鈴の未来の知識は断片的で、模範解答とするのには危うい。
食料……とくに米の値段が異常だったことだけははっきり覚えているのだが。
「未来でなくてもいい、何か思いついたことがあれば言ってくれ」
「なんだろう、今まで私が見てきたもので、取引できるもの……」
そういわれた鈴は、未来ではなく「過去の飢饉体験」から答えを探し始める。
少し前では宝暦の大飢饉の話を聞いた。
その時、仁八や名主に話してもらった内容を思い出してみる。
食料がなくなった、水不足で諍いが起きた、病が増えた、毎年来ていた鳥が来なくなった。
ここら辺は天明の大飢饉でも共通していることだ。
「あ、そういえば、味噌がなくなった後、食事がおいしくないって言ってたよね」
「味噌? 味噌……か」
鈴の言葉に、喜二郎は何かに気づいたように目を細めた。
「味噌は汁物という認識だが、藩医である某たちにとっては違う意味を持つ。だが……味噌か、確かにな」
喜二郎が気が付いたのは「味噌」の重要性だった。
味噌は、雑穀や野草の味を補い、食事を支える貴重な保存食だ。
味噌がなくなったことで起こる食事の質の低下、これを一時的に防げるかもしれない。
「そう考えると、味噌は取引の『売り』になりうる。くそ、某はなぜこんなことに気が付かなかったんだ」
「でも仙台味噌って、昔は有名だったって聞くよね。政宗様くらいの時代だけど」
伝記物の本を読んだときにそんな話があった。
政宗公は色々な産業を興し、その内の一つが味噌だったはずだ。
ただ今は、味噌よりも米の産地として知られているのが仙台だ。
味噌の作り方は知らないが、おそらく手間がかかる代物なのだろう。
次第に廃れていったのは残念でならない。
「味噌で腹を満たすか、銭を払って医者から薬を貰うかだったら薬だもんね」
「おい、藩医の娘が何を言っている?」
喜二郎は呆れながら肩をすくめる。
鈴は首を傾げた。
「仙台では『医者に金を払うくらいなら、味噌に金を払え』と言うではないか」
喜二郎は小声で、そう言う。
確かに、藩医の子の口から出る言葉ではなかった。
政宗由来の仙台味噌。
藩の財源の一つで、作り方と配分は明かされていない。
しかし近年は江戸の米売りで負債を賄おうとしており、ほとんど味噌の輸出を行っていない。
味噌自体は御塩噌蔵という場所で作り続けられているらしい。
喜二郎が持つ味噌の知識はそこまでで、詳しい製法は彼自身も知らないようだった。
「でも、仙台味噌を越えるんじゃなくて、近い品質の物だったら売れるんだよね?」
「その通りだ」
普段使いする味噌は農民の家でも作られる。
ただ、品質は仙台味噌と比べるまでもない。
しかしこの味噌を増産できれば、ある程度飢饉の対策にできる。
そして時間をかけて品質を上げていけば、藩を跨いだ商材に成長するかもしれない。
「問題は味だが、仁八の家で食った時の物は………ひどいものだった」
喜二郎は過去に仁八の家で食事をしたことがあるらしい。
あの武士として食事への警戒心が強い叔父に食事をふるまった仁八。
「やるじゃないか」と鈴は心の中で拍手を送る。
どうやら不評であることが残念だったが。
「普段使いする味噌から品質を上げるのが、地道だが近道だと思う。農家相手だと時間がかかるかもしれないが……」
「そこは心配いらないんじゃないかなぁ」
鈴はつぶやく。
怪訝に思う喜二郎に対し「名主さんの家でふるまわれた味噌汁」を説明する。
宝暦十三年の時、そしてついこの前、ふるまわれた味噌汁。
正直にいえば、仙台城下で売られている味噌よりおいしい気がした。
すべての農家であれが作られているとは思えないが、少なくとも名主の家で出された味噌汁は期待できる。
「名主の家……なるほど、確かにな」
喜二郎が顎に手を当てて、しばし考えを巡らせる様子を見せる。
普段使いする味噌の品質があればまずは十分。
まずは飢饉を越えられるだけの量を確保する。その後で品質を高めていく――それが理想だった。
しかし――。
「問題は材料の確保だ」
喜二郎は、味噌増産には「大豆」と「塩」が必要だと整理する。
仙台藩では大豆生産量が少なく、質の良いものはそれなりに高価だった。
「堰の時のように、こっそり育てる?」
「いや……今から育てるにしても時間がかかりすぎる。かといって大々的にやろうとしても藩の許可は下りないだろう」
それにただでさえ水不足で争いの種になっているのだ、何年も先を見越した大豆を育てる余裕などあるはずもない。
そうなると、大豆は他から買い入れるしかない。
塩についても同じだ。
仙台には、塩の産地として知られる塩釜がある。
手に入れるのは容易だと思うし、自分達で作るより効率がよさそうだ。
「だがそうすると、問題となるものがある。銭と伝手だ」
「あぁ~……。世知辛い世の中だねぇ」
当たり前だが、それを購入する銭はどうするのか。
そしてそれらを購入する伝手はどうするのかというもの。
「豆なんて、なんにでも使えるから皆欲しがるし、売ってくれるかなぁ」
「いや、大豆は何とかなるかもしれない」
ほんと?と鈴は首をかしげるが、喜二郎は心当たりがあるらしい。
「だが、そのためには塩と銭の問題を解決しなければ、話にならない」
「どれくらい必要になりそうなのかな」
喜二郎はトントンと頭を叩くと、そばにあった半紙に素早く計算を書き込む。
「継続的に取引するなら、これ以上は確実だ」
「見たことない数字が並んでるよ……。というか叔父上、計算早っ」
堰づくりで蓄えた銭はある。
しかし継続して買い続けるとなると話が違うらしい。
それに塩は大量に必要だ。当然、それだけの金もかかる。
どれも簡単に解決できそうな問題ではない。
うーんと悩む鈴。
先ほどの大豆の話の方は見込みがあるようだったし、先にそっちの情報を知っておきたい。
「大豆の当てがあるの?」
「ああ、それこそ米沢藩だ」と喜二郎は答える。
喜二郎は、米沢藩との交易に着目する。
米沢では山間地が多く、米作より雑穀や豆作りが盛んらしい。
豆料理もその一つで、取引に応じてくれる可能性が高いとのこと。
そして最大の理由、内陸の藩が喉から手が出るほどほしい資源、それが塩だ。
塩は生きていく上で必須であり、かつ腐らない。
内陸の米沢藩は塩を必要としているため、塩を媒介に大豆を得られる可能性がある。
将来、米沢藩と協力するためにも、この機会に繋がりを作っておく価値はあるのかもしれない。
つまり、大豆を手に入れる鍵は塩だった。
まずは大量の塩を確保しなければならない。
「塩は仙台藩の専売品ではない。ゆえに塩釜には塩田と商人が集まる。まずは話を聞いてみる価値はある。仙台の塩の生産地、塩釜へ行こう」
こうして次の目標が「塩の確保」へ定まった。
以前までは文字数少なめでしたが、以降調整していこうと思います。




