↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/145

湯屋の喜二郎

仙台の湯屋といえばいくつかある。


だが、喜二郎から昔働いていた場所を教えてもらったことがある。

杉並木を抜けた先に、そこそこ大きい湯屋の建物がある。


ちなみに江戸だと混浴のところもあるらしいが、ここは男女別の湯屋である。

入口からは番頭の姿は見えるが、喜二郎の姿は見えない。

しかし困った、鈴は銭をほとんど持っていない。


「あ、しまった。薬袋の二十銭、あの時の仁八に渡したままじゃん……」

無一文の鈴はがっくりと肩を落とし、仕方なく木組みで立てかけられた嵌め格子から様子をうかがう。

しばらくすると番台が迷惑そうに鈴をにらんできたので、少し離れた。




「ん? あれって……」

遠巻きに中をうかがっていると、2階の窓際に見覚えのある少年を見つけた。


喜二郎は湯屋で髪結いとして働いていた。

しかも現代でも過去でも見たことがない笑顔で客と接している。


(お、叔父上があんな爽やかな笑顔ができるなんて!)

喜二郎は微笑むことはあるが、あんな心の底から祝福するような笑顔を見せたことはない。


美少年ということも相まって、思わず見入ってしまう。

くそぅ、あの笑顔。自分にも見せてくれたことないのに、と鈴は少しむくれた。


(叔父上! 叔父上ー!)


番台に睨まれるのを避けるため、遠くから手を振ると喜二郎が気づく。

仕事を切り上げて湯屋の外に出てきた喜二郎は、元の表情に戻っていた。


「久しぶりだな、スズ」

「大きくなりましたね、叔父上」

「もう年もそれほど変わらないだろう?」

そっけなかったが、声色から喜んでいることは察せられる。

ともあれ、鈴も喜二郎との再会を心から喜んだ。




喜二郎はいま実家ではなく、この湯屋の一室を借りて寝泊まりしているらしい。

「狭いが、くつろいでくれ」

喜二郎は数畳の部屋に鈴を案内した。


物が色々置かれているが、部屋は綺麗に整えられていた。

そういえば鈴が知る喜二郎も几帳面な人間だったな、と思い出す。


「叔父上、今忙しいって仁八たちに聞いたんだけど、何しているの?」

「見ての通り銭稼ぎだ。子供でもできる仕事で割が良いものは中々なくてな」

喜二郎はこの湯屋で髪結いとして働いているらしい。


風呂掃除(朝夕)に始まり、合間に髪結いをしているのだとか。

風呂掃除を請け負う代わりに部屋を借り、髪結いで銭を稼いでいるとのことだ。

この湯屋に通う者は力仕事の者が多く、堰を作るための人脈もここから集めたらしい。


「父には藩医の子供らしからぬ商売魂だ、と呆れられているがな」

苦笑いする喜二郎。

彼があの堰を作るために、今日までどれほど努力を重ねてきたのかが伝わってきた。


三年前、未来の話を押し付けたのは自分だ。

その時は、まさか11歳の子供がここまで背負うとは思っていなかった。

胸の奥が少し痛んだ。


「それはそうとスズ、お前は自分のいた時代に戻ったのではないのか?」

「あの掛け軸をくぐったら、ここだったんだよ」

その言葉を聞いた喜二郎は、「そうか」と眉を寄せる。


「あれではお前のいた未来に帰れなかったのだな」

そう言って喜二郎は心配そうに鈴を見つめた。


「スズが掛け軸をくぐった後、あの掛け軸は普通の掛け軸になった。某は通れなかった」

「え? そうなんだ」

あの後、鈴を追って喜二郎もこの時代へ来ていたら、どうなっていたのだろうか。


喜二郎が二人いることになり、少しは喜二郎の仕事も楽になるのだろうか?

いや、あの時の喜二郎は八つ。いきなり仕事を任せるというのも酷であろう。


「思えば無茶したものだ、スズが夢幻でなかったことは安堵した」

「ん? あの後、夢かもって思ったってこと?」

少しな、と喜二郎ははにかんだ。


「掛け軸の種類によって行ける未来が変わるのだろうか、検証しないことにはわからないのが残念だ」

ともあれ、あの掛け軸は今も林什吾の部屋にあるらしい。

だから帰ろうと思えば帰ることができる、と喜二郎は言った。

その前に、宝暦十三年の時には時間がなくて聞けなかったことを聞きたいとのこと。



そう、未来の詳しい話を、喜二郎は知りたがった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。