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明和三年の夏

掛け軸をくぐった先は、見知らぬ屋敷の中だった。


(吹き抜けの造りからすると、武家屋敷じゃなさそうだよね)

どちらかといえば、裕福な農家という造り。

だが、どこか胸に引っかかるものがあった。

鈴は昔、この場所を訪れた記憶があるような気がした。


―――いや、それほど昔ではない。もっと最近だっただろうか。

記憶をたぐる。


(ここ、名主さんの家だ)

今いる場所は通った覚えがないが、奥の客間や台所はちらりと宝暦十三年で見た気がする。


「おねーさん、だれ?」

その言葉に視線を落とすと、目の前には子供がいた。

大きな瞳が印象的な、愛らしい子だった。

名主の子供……もしくは孫だろうか?

鈴は子供と同じ高さに視線を合わせる。


「えっと…私、スズ。前に喜二郎と一緒に来たことがあるんだけど、知ってる?」

子供はパァと顔が明るくなる。


「おねーさんは知らないけど、キジ兄はよく来るよ! 友達なんだね!」

キジ兄? と、しばし考えて思い出した。


(ああ、そう言えば六郎太も呼んでいた。……叔父上、慕われているんだね)

子供の警戒はすっかり解けたようだ。無邪気に笑う姿が愛らしい。


「そういえば、今年って何年だっけ?」

年を聞くと、「明和三年だよ」と返ってきた。


(明和三年……宝暦十三年から三年後……ってことだよね)

湿り気を帯びた風が頬をなで、じっとりとした暑さが肌にまとわりつく。

たどり着いた明和三年は、夏だった。


大人は出払っているのか、子供の姿しかない。

少し不用心な気もしたが、名主のおひざ元ということでこの辺りは治安も良いのだろう。

未来を知る自分にとっては、この温かい光景がとても眩しく感じた。

緊張がほどけた途端、ぐう、と腹が鳴った。


「お腹、すいてるの?」

腹の音を聞いた子供がきょとんとして鈴を見る。

堰の水場を探していた時は、握り飯を仁八たちへ譲ってしまった。

鈴はあれから何も口にしていない。

子供はにかっと太陽のような笑みを浮かべ、「ちょっと待ってて!」とどこかに走っていく。


しばらくすると、その子供は椀の中に泥団子のようなものを入れて持ってきた。

「私が作ったの!」

そう言って子供は椀を差し出した。

なんだろう、とクンクンと匂いを嗅ぐと心当たりがあることに気づいた。


味噌だ。


味噌を団子状に丸めたものらしい。

子供は「座って座って!」と鈴を座らせ、いろりに吊るしてあった鍋からお湯をすくって椀の中に注ぎ込む。


見た目は味噌汁そのものだ。

しかもどこに入っていたのか、思った以上に具材が多い。

子供はニコニコと笑いながら鈴を見つめている。

具材の中にキノコやよくわからない草が入っている。


味噌玉はこの子が作ったらしいが、食べても大丈夫なのだろうか…?

鈴は恐る恐る椀に口をつけた。


「あ、すごくおいしい」

塩気とコクが口いっぱいに広がり、具材の旨味があとから追いかけてくる。

なんだろう、むしろこの前飲んだ味噌汁よりもおいしい気がする。具材が豊かだからだろうか?

「おいしいでしょー!父上が今いないから、私がおもてなししなきゃね!」と子供は朗らかに笑った。

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