未来への業
「堰の許可は下りなかった。だが、某たちが自分でやる分には目こぼししてくれるらしい」
「やったね、叔父上!」
土蔵で待機していた鈴は、素直に喜ぶ。
太郎が知る場所を起点に、これから鯉の育成と堰の建設に取り掛かれることとなった。
ことの顛末を伝えるため、二人は仁八の家へ向かった。
「これからが難しそうだけどね」
と、未来への苦労にため息をつく太郎。
仁八は「わかった」と一言だけ発して頷く。
「これからどうする、スズ」
「え? 堰を作るんじゃないの?」
喜二郎に尋ねられ、鈴は首をかしげた。
話の流れからそう思っていたのだが違うのだろうか。
「お前はこの時代にいるはずのない人間だ。手形もなければ銭もない。身元の証明もできない」
そういえば、鈴は銭をほとんど持っていない。
かといって林家には入れないし、この時代では喜二郎も家を持っておらず実家暮らしだ。
「身元が証明できなければ、女郎の足抜けと思われるかもしれない」
う、っと鈴は言葉に詰まる。
そう言われると、確かにあまり長居できる気がしない。
什吾はおろか、名主にも疑わしい目を向けられていた。鈴はあまり表立って行動することはできないだろう。
「……あとは某たちで何とかする。お前は未来へ帰れ」
「できないよ、そんな無責任なこと」
鈴は首を振ったが、喜二郎は微笑んで言った。
「お前は、これからの行動に道を示してくれた。ならば、この時代のことは某たちに任せろ」
その眼には決意のようなものが宿っていた。
仁八と太郎も同じだ。
(ああ……)
喜二郎が働き過ぎて、仙台から離れて養生している理由が分かった。
この時、鈴が背負わせてしまったのだ。
未来の天変地異なんてものを教えてしまったがために、未来を縛り付けたのは鈴である。
仁八や太郎もまた、その覚悟を背負っていくのだろうか。
「何か誤解をしているようだから言っておく。これは某たちのためでもあり、責任だ」
「……」
「少なくとも5年後には堰ができているのだろう? 前倒して作っておけば、いかようにも対策はとれる。案ずるな」
喜二郎の言葉に、太郎がどんと胸を叩く。
「オイラ達に任せておけって。スズの姉ちゃんがくれた薬で、だいぶ良くなったしな!」
「でも……」
「オイラはこれでも義理堅いんだぜ。命を助けてもらった恩は必ず返すさ。未来で楽しみに待ってなよ」
だれも悲壮な顔はしていない。
「ありがとう。……これから、よろしくお願いします」
鈴は深く頭を下げ、感謝を伝えた。
鈴が未来に帰るにあたり、重要な道具がある。
掛け軸である。そしてその在処。
「……そういえば、父上の部屋に読めない銘の掛け軸があったが、それのことか?」
「あ! そういえば、前もそこから未来へ行ったんだった」
あの時は喜二郎が教えてくれた掛け軸の場所。
そして六郎太にもらった書付の言葉「未来を知りたいなら祖父を尋ね、過去を知りたいなら叔父を尋ねよ」にも合致する。
しかし祖父が自分に会ってくれるだろうか?
未来のことで話があると言えば、可能性はあるだろうか?
「難しいだろう」
喜二郎はばっさり言い切る。
最初の出会いは、林什吾の隠し子疑惑という彼にとって身も覚えもないものだ。
事実、林什吾に対する喜二郎と、その横にいた少年の白けた目は、強烈なものだった。
「未来に帰るのに必要なものが掛け軸というなら、昼間に手引きする。父上は昼間は城勤めで屋敷を空けることが多い」
その間に手引きすれば、部屋に入れるだろうとのことだ。
仁八と太郎に別れを告げ、鈴と喜二郎は実家へと歩き出した。
「叔父上って、子供のころからしっかりしてるんだね。さすが、林家のキリンジ」
「……なんだ、その不名誉な名称は」
「あ、この呼ばれ方、やっぱり嫌なんだ」
明智殿と同じは嫌だ、と喜二郎はそっぽを向く。可愛らしい。
昼間の林家につくと、屋敷の中はバタバタしている。人の出入りも多い。
喜二郎の手引きで、鈴は使用人に紛れコッソリと忍び込んだ。
什吾の部屋の前に立ち、喜二郎が呼びかけるが案の定返事はない。
「失礼します」
喜二郎が先に入り、誰もいないことを確認して鈴を招き入れる。
「……ねぇ、叔父上」
「なんだ」
「掛け軸、二つあるんだけど」
「そのようだが」
どっち、と二つを指さす。
「某が知るわけないだろう」
「まぁ、そうだよね」
立てかけてあった掛け軸は二つあった。
どちらが帰り道なのか分からない。
「あれ、でもこっち…」
これ、もしかして先ほど話していた堰の絵ではないだろうか。
そう思ってそちらの方を見た瞬間、視界が白く染まる。
「あっ」
あの感覚がやってくる。
足元が消え、落ちるような感覚に襲われ―――。
次の瞬間、景色が変わった。




