出来ないこともある
喜二郎に促されて、鈴はあらためて今まで見聞きしたことを話した。
その中で、喜二郎が最も興味を示したのは堰の話だった。
「水不足を解決する上で、最も効果的だと思う。……しかし」
「しかし?」
「莫大な時間と銭がかかる、と思われる」
なんとなくそんな想像はしていた。
「元々堰が作れそうなところを堰にする、とかじゃダメなの?」
「…要するに自然を利用して堰を作る、ということか? そういうのは地形に詳しい人間がいないと、難しいと思うぞ」
鈴もそうだが、この時代の喜二郎も堰の知識などないらしい。
ああ、こんなことなら堰問題で攫われたとき、場所くらい聞いておくんだった……!
「こういうのは、現地に詳しい人間に聞くのがよい、と思う」
「えっと、仁八のこと言ってる?」
「いや、太郎の方だ」
太郎の方? と鈴は首をかしげた。
「汚れた水の魚を食べた、と言っていた。もしかすると他にもそういう場所を知っているかもしれない」
「ええ…? そんなとこの魚を調べてどうするの?」
「魚が目的じゃない」
喜二郎は考えをまとめるように、顎に手を当てる。
「魚がいるということは、少なくともそこは一年を通して水が残る場所だ」
あ、そういうことか。
「水が残るなら、堰を作れる場所として有用かもしれない?」
「そういうことだ」
え、でも。そんな濁った水の堰、自分だったら使いたくないのだが。
鈴の表情を読み取ったのか、喜二郎が少し得意げになる。
「堰は水をためるだけじゃない。流れを作れば淀みにくくなる」
「へぇ、叔父上は物知りだね」
「この年で叔父上はやめろ、喜二郎と呼んでくれ」
あばら家に戻り、水不足を解消するために堰を作ることを仁八に話す。
「水場をなんとかすればいいんだな」
仁八はよくわかっていないようだったが「協力しよう」と請け負ってくれた。
「俺は頭がよくない。決まったら、命令してくれ」
「命令じゃないんだけど、お願いはすることになるかもしれない」
仁八も適したところなど分からないとのことで、鈴と喜二郎は村の周りを散策することになった。
「叔父上でも、できないことあるんだね」
「……屈辱だ」
日が暮れるまで周囲を散策し、小川や沢は見つかった。
しかし水量は少なく、とても堰を作れる規模ではなかった。
喜二郎は悔しそうに唇を噛んだ。
可愛げがないところが、逆に可愛い。
今日は切り上げ、また明日探すことにする。
「あ、そういえば私どうしよう。実家に入れないじゃん」
「裏手から引き入れてやる。今日は土蔵で寝ろ」
あの土蔵かぁ、と鈴は若干憂鬱になりながら喜二郎に従う。
夜半になり視界が暗くなると、喜二郎は裏門の閂を外して鈴を屋敷に迎え入れた。
抜き足差し足で土蔵までの道を歩き、扉を開けて中に入る。
土蔵には十分な広さがあるので、寝るのは問題なさそうだ。
「私もお布団がいいよぅ」
「某のを持ってきてやるから、我慢しろ」
しばらくすると、喜二郎は握り飯やら布団やらを持ってきてくれた。
喜二郎の布団は寝心地が良かった。
そして翌朝。
鈴はだれにも見られないうちに裏門を抜けて、喜二郎を待つ。
しばらくして表門から回って来た喜二郎は、寝不足なのか目が真っ赤だった。
「叔父上、畳の跡が顔についてますけど」
「……屈辱だ」
軽い冗句を交えながら、歩き出す。
その日は朝早くから水場の探索を始めた。




