濁る池の魚
鈴と喜二郎は簡単に打ち合わせ、宝暦の大飢饉の話を聞きたいという体裁で六郎太を探すことにした。
武士の子供が、特定の人物を探しているというのは体裁が悪いからである。
「六太郎ならわかるが、六郎太というのは元服後の名前の可能性もある」
「つまり、名に『六』の付く人を探せば、見つかるかもしれないんだね」
農家を一軒一軒訪ねて回った。
だが、六郎太はおろか、名に「六」の付く農民すら見つからない。
農民は、飢饉の話を切り出しただけで誰も口を閉ざしてしまう。
六の付く者を探すことよりも、飢饉の話を聞き出す方がよほど難しかった。
「いないね、六郎太」
「ああ……」
喜二郎の表情にも、わずかな疑念が浮かび始めている。
そんなこと言っても、未来で六郎太に会ったのは事実なのに。
鈴が途方に暮れていると、ため池のそばに数匹の魚が泳いでいるのを見つける。
「そういえば魚……鯉の話をしていた気がする。未来だったか、過去だったかは忘れたけど」
「鯉?」
喜二郎は首をかしげる。
そうそう、と鈴はうなずく。
六郎太がそんな話をしていた気がする。
「鯉が米沢藩との交渉の決め手になるんだって」
「……某の知る限り、そのような話は聞いたことがない」
喜二郎は幼い顔の額にしわを寄せた。
喜二郎と鈴はため池をのぞき込む。
水は濁っていてよく分からないが、鯉と言われればそう見えなくもない。
「その魚に何の用だ、盗るつもりか」
後ろから野太い農民の男が声をかけてくる。
鈴は飛びのいた。
驚きのあまり池に落ちてしまいそうだった。
「あのぅ、これ鯉ですか?初めて見たので興味が湧いて」
「知らん。魚なんぞ魚だ」
農民はそっけなく言う。
なんでもため池の魚を食べて、腹を下したものもいるらしい。
もしかしたら彼が六郎太かもしれない。そう思って名を尋ねる。
「仁八だ」
彼はそう名乗った。
「ん…? ジンパチ?」
どこかで聞いた気がする。鈴はどこで耳にしたのか、記憶をたどってみる。
『予定を変更する。堰の件は某が手を考える。仁八を呼んでくれ』
(ああ、あれだ! 叔父上が呼んでいた人!)
あの時は姿を見ていなかった。
叔父上が呼んでいた仁八とは、この人だったのか。
あの時、喜二郎と繋がりがあったのだとしたら、もしかすると六郎太とも繋がりがあるのかもしれない。
「私たち、飢饉についての話を調べてて。宝暦の大飢饉について、知っていること教えてくれたりしませんか?」
「……」
仁八は、じっとこちらを見つめ、手に持っていた笹包みを指さす。
「その握り飯をくれたら考えてやる」
鈴と喜二郎は顔を見合わせる。
そして懐の握り飯を差し出し、仁八の話を聞くことにした。




