原点
鈴は実家を追い出された後、考えていた。
実家の様子や土蔵の格納内容を見るに、自分が来たのは過去のようだ。
六郎太に渡された薬袋の中から手紙を取り出す。
「未来を知りたいなら祖父を尋ね、過去を知りたいなら叔父を尋ねよ」
鈴の叔父、喜二郎。
今が過去と言うのならば、喜二郎を尋ねれば何かが変わるかもしれない。
少なくとも、あの凄惨な未来となってしまった原因が、どこにあるのか、知る必要がある。
しかし、少し考えて思った。
もしかすると、ここは過去ではなく未来なのだろうか。
大飢饉を乗り越え、街がここまで復興した世界。
……いや。
土蔵に積まれていた品々に、鈴は見覚えがあった。
崩壊した実家の姿を思い返せば、この景色が未来とは思えない。
そう考えるとやはりここは過去なのだろう。
「すみません。うっかり忘れてしまって、今年の歴は何だったでしょうか?」
道行く人に尋ねると「宝暦13年だ」という答えが返ってきた。
宝暦13年、鈴が元いた時代から換算して18年前だ。
そこまで計算して、頭を抱える。
「叔父上、八つじゃん」
叔父上は、子供の頃から聡明だったという話は聞いたことがある。
しかし八歳。元服はおろか、自分より年下である。
どうにかなるものなのだろうか、しかし他に頼れる人がいない。
(……ということは)
さっき林家にいた子供の一人が、叔父上。
つまみ出された以上、もう一度訪ねるというのは勇気がいる。
仮に訪ねて会えたとしても、なんと説明する?
自分が未来から来ました、なんて言っても信じてもらえるわけがない。
「何をしている、隠し子」
ああでもない、こうでもない、と家の塀の周りをぐるぐるしていると、上から声がかけられる。
見上げると塀の上に、先ほどの少年が腰かけていた。
「父上がお前を認知せずとも、林家の女子であるならみっともない真似をするな」
少年は塀を飛び降りて鈴の前に立つ。
月代にもしていない、小さな子供だ。
少し可愛らしい。
だが、鈴は会ったことがある気がする。
そう、初めて時を越えて13年前の過去に行ったとき、元服して月代になっていたあの少年だ。
「あなたは、林喜二郎ですか」
「そうだ」と少年はうなずいた。
鈴はため込んでいた気持ちがあふれ、泣き出した。
ようやく、自分の知り合いに会えた。
それだけで、せき止めていたものが止めどなく溢れてくる。
喜二郎は戸惑いながらも、泣きじゃくる鈴を宥めた。
叔父は、この時代でも優しい。
「父上が認めずとも、泣くな」
「はい、叔父上」
「……叔父上?」
鈴は説明した。
自分は18年後の未来から来たこと。
未来の六郎太が話していたこと。
そして過去…いや、今から5年後の明和5年のこと。
喜二郎はしばらく黙り込む。
「にわかに信じがたい」と叔父は首を振った。
「何か証明できるものなどあるのか」
証明、と言われてどうやって証明すればよいか、鈴は考えていなかった。
手持ちに鈴のいた時代や未来を証明するようなもの、年号が刻まれたものなど持っていない。
あの掛け軸があれば、証明になるかもしれないが。
鈴はしばらく考えて、はたと思いつく。
「六郎太に会えれば…彼が知っているかも」
「其方が未来であったという農民か」
喜二郎の家に案内してくれたことといい、時間跳躍のことを詳しく知っていた。
未来に来た鈴のこともすぐ理解してくれたし、この時代の彼も詳しく知っているかもしれない。
あまりに姿かたちがやつれていて年齢はわからなかったが、18年前の仙台でも彼がいる可能性は高い。
(それに……)
少なくとも未来において、命を懸けて鈴を守ってくれた人だ。
信じたい。
今の自分の境遇を知れば、きっと力になってくれる。
仮に何も知らなかったとしても、何かしらの手がかりを持っているかもしれない。
だが喜二郎は首を振り「六郎太」という名前には心当たりがないという。
「6つの目の子という意味なら…探してみるのもいいかもしれん」
少し考えたあと、六郎太なるものを探してみようと喜二郎は提案する。
鈴が過去と未来を経た中で、知り合いと呼べるのは喜二郎と六郎太だけだった。
鈴は「信じてくれるの?」と聞いたところ「いや」と喜二郎は答える。
「お前が狂人やホラ吹きであったとしても、父の隠し子の可能性がある以上、少しは付き合ってやる」
どうやら未来の話云々ではなく、林什吾の隠し子説を確信に変えるために付き合ってくれるらしい。
だがそれでも今は、この小さな少年がとても頼もしく見えた。
喜二郎が顎に手を当ててつぶやく。
「お前の話では、その農民はかなりの事情を知っていたのだろう? ならば名主の一族かもしれぬ」
未来の六郎太の身なりでは、名主の一族かどうかはわからなかった。
過去……明和五年の時は、そもそも彼を見ていない。
だが、農民の代表である名主に会いに行くというのは、よい考えである。
鈴たちは林家が管理している領地の名主に会いに行くことにした。
「時に、お前のことは何と呼べばよい?」
喜二郎が振り返り、そう訊ねてくる。
本名を名乗ろうとした鈴は、一瞬思いとどまった。
これから生まれてくるかもしれない自分と同じ名前だと、生まれた自分も同じように苦労するかもしれない。
だったら、あの時の名前を借りてしまおう。
「スズだよ」
リンではなく「スズ」と名乗った。




