彷徨う浪人たち
鈴は震える足で立ち上がった。
川辺から目を逸らす。
見てはいけないものを見てしまった気がした。
だが、ここが本当に仙台なのか、確かめなければならない。
鈴はゆっくりと歩き出す。
向かう先は決まっていた。林家、自分の家だ。
家へ帰れば父がいる。
母がいる。
祖父もいる。
いや、もう誰でもいい。知っている人に会いたい。
きっと何か分かるはずだ。
そう自分に言い聞かせ、荒れ果てた町を進む。
途中、何人もの人影が見えた。
「うっ…」
ひどくすえた匂いがする。
道端に座り込む者。壁にもたれかかる者。うずくまったまま動かない者。
皆やせ細り、頬はこけ、着物は泥にまみれている。
落ちくぼんだ顔に、目だけが異様に大きく浮かんで見える。
誰も話さず、生気が抜けた表情。
鈴は視線を逸らしながら、ひたすら歩き続けた。
いつもならあっという間につくはずの道を、何倍もの時間をかけたような感覚。
何度も通った場所、林家へ続く道。
やがて見慣れた道へ出る。
鈴は思わず駆け出した。
「母上!」
そう叫んだと同時に、鈴は足を止める。
そこには林家があった。
―――正確には、林家だった崩れた屋敷があった。
塀は倒れ、門は朽ち、庭は草に埋もれている。
人の住んでいる気配は皆無だった。
「嘘、でしょ」
鈴は呆然と見上げ、驚愕の声しか出なかった。
帰る場所だと……変わらず残っていると思っていた家が、なくなっていた。
「嘘、だよ。こんなの……」
鈴の膝から力が抜けた。
座り込んだまま屋敷を見つめる。
ここは未来なのか、過去なのか。
それとも、夢なのか。
ただ、自分の知っている世界が失われていることだけは理解できた。
その時だった。
「……食い物」
かすれた声が聞こえた。
鈴は顔を上げる。
少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
痩せ細った浪人。髪は乱れており、着物は泥だらけだった。
男は鈴を見ている。
―――いや。
鈴の腰にぶら下がった小袋を見ていた。
「食い物を……持っているのか」
鈴の背筋が冷え、一歩後ずさる。
後ずさった分、男が一歩近付く。
「少しでいい」
さらに一歩。
「頼む」
その声は弱々しい。
だが目だけは異様な光が宿っている。
「食い物を……」
男の声に反応するように、周囲の人々が顔を上げる。
座り込んでいた者たち。
壁にもたれていた者たち。
道端に倒れていた者たち。
―――皆が鈴を見ていた。
正確には。
鈴が持っているかもしれない食べ物を見ていた。
「あ、あの…私……」
鈴は思わず胸元へ引き寄せ、小袋を握りしめる。
中に入っているのは二十銭と常備薬だけ。
食べ物など何もない。
それなのに人々の目は小袋から離れない。
鈴の喉が鳴る。
一人……また一人と立ち上がる。
ふらつきながら、足を引きずりながら、それでも確実に近付いてくる。
「食べ物を……」
「頼む……」
「少しだけ……」
鈴は後ずさろうとし、足がカタカタと震えているのに気が付く。
目の前の人々は武器を持っていない。
襲いかかろうとしているわけでもない。
それなのに、体が、動かない。
(っ……あ!)
気が付けば、声すらも出ない。
その目には理性がなく、飢えそのものが歩いてくるような気配。
誰か助けて。
そう叫びたかった。
けれど、この町に残っているのは、助けを求める声ばかり。
―――助けてくれる「人」など、ここにはいなかった。




