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うたかたの夢

「ねぇ叔父上」

「なんだ」


「お爺様と和解できた、って考えていいのかな。コレ」

鈴がそう尋ねると、喜二郎は少し考えて言った。


「様子見、程度だと思う。父上が某の家の土蔵に置いてある掛け軸を知れば、どう動くか分からん」


あ、そういえば叔父上の家にも掛け軸あったね。

鈴はそれを使っても時掛けできなかったけど。


「結局、この掛け軸って何なの?」

「……正直、全くわからん」


なんですと?

さっきまで朗々と語っていたのは何だったのだ。


そんな考えが伝わったのか、喜二郎は苦笑いした。


「全て憶測で切り抜けただけだ。刀を交えることになっていたら、少なくとも某は死んでいた」

「……ちなみに叔父上の腕前は?」

「この刀を抜いた回数は、仁八の方が多い」


堂々としていたから分からなかった。

叔父上って基本的に運動や武術ってからっきしなのか。


少し哀れみの目で見られていることに気が付いた喜二郎が、バツの悪そうな顔をする。


「……某の周りにいる者の体力が異常なのだ。米沢と仙台を往復するくらいの体力はある」


そういえばそうだった。

仁八とかナナシとか三吉とかと行動することが多かったから忘れていた。


他の男と比べてもあの三人は異常な体力なだけだった。


「ともあれ、父上と義姉上の許可は得た。兄上は……まぁ根気強く説得しよう」


あ、そうだ。婚姻の話をしに実家に来ていたんだった。

什吾の衝撃的な話のせいで、すっぽりそのことが頭から抜けていた。


それにしても祝言かぁ。

少し前まで嫁に行けるかどうかで悩んでいたのに、あっという間に話が決まってしまった。


「ねぇ……叔父上」

「なんだ」

「私……花嫁修業、した方がいい?」


いつ輿入れするか分からないが、嫁として足りない能力が多すぎるのは自覚していた。

正直料理が壊滅的な鈴は、みっちり練習しないといつかぼやを起こしそうな気さえする。


だが喜二郎は肩を竦めた。


「家事ができるに越したことはないが、できる範囲で構わないと思う。某も料理と裁縫は得意だが、掃除と洗濯が正直苦手なのでな」


へぇ、そうなんだ。鈴とは真逆な得意分野である。

花嫁修業もそこまで気にしている様子はないし、あんまり堅苦しくなさそうだ。


意外とやっていけるかもしれない、と鈴はこの時思った。






---

家の中に入ると、待ち構えていた父と母に怒涛の質問攻めを受けた。

什吾はここにはおらず、さっさと部屋に帰ってしまったらしい。


「女にだらしないような奴にリンは渡さん」


市平がそう言って喜二郎を睨みつける。

……というか、父の推す工藤様には既に奥さんがいるって、先ほど叔父上がこっそり教えてくれたんだけど。


喜二郎は苦笑いしながら市平の言葉を受け流していると、初が冷ややかな目で市平を見ていた。


「遊郭に通い詰めていた那様が、何をおっしゃるのです」

「あ、あれは医療のためであって、女と遊んでいたわけではない。仕事だ」


ちょっと、父上。絶賛私たちの評価がダダ下がりになっているし、少し引いた方がいいかもしれないよ。


どうやら林家の男は遊郭通いする言い訳に仕事を持ち出すらしい。

覚えておこう。


ちなみに後で喜二郎に聞いたところ、医療のためというのも本当とのことで、遊郭で妊娠した女の子の健診をしたという話だった。


なんだかんだで鈴の祝言とかそんな話より初が夫の不満をぶつける場となってしまい、市平は広間から撤退していた。


ちょっと、これから祝言を挙げるというのに、親の縁切りの方が先になるかもしれないというのは勘弁してほしい。

喜二郎が言うには「あれはじゃれているだけだから、心配いらない」とのことだ。


じゃれているにしては父が涙目だった気がするが、喧嘩するほど仲がいいということなのだろうか。




---

その日は久しぶりに自室で眠ることになった。

なんか色々なことがあったためか、布団に入ったらすぐに睡魔がやってくる。


うつらうつらしていると、いつの間にか鈴の膝で見知らぬ子供が眠っていた。

気が付くと鈴はゴザを敷いたボロ屋におり、優しい手つきでその子供を撫でていた。


(あ、これ夢だ)


キョロキョロと周りを見渡すと、ところどころモヤがかかったように見えないところがある。

鈴は結構夢の内容を覚えている方なので、こういう光景を何度か見たことがある。


うーん、仁八の家よりボロい。相当貧しい家なのだろう。

鈴は膝に乗る子供の髪を手で梳く。


その子供に見覚えはないのに、なぜか愛しい気持ちがある。

もう片方の手では何やら編み物をしているようだったが、よく見えない。


「――」


ボロ屋の入口に誰かが立っている。

逆光でよく見えないが、なんか赤い人だ。


「ご武運を―――様」


驚いたことに鈴の口が勝手に動く。

誰かの名前を呼んでいたが、その部分だけが切り取られたように思い出せない。


「――」


赤い人は何かを言うと、ボロ屋を立ち去った。




「――ん」


目が覚めると朝になっていた。

もそもそと起きると、手近な紙に先ほどまで見ていた夢の内容を書き記す。


しっかし極貧の生活だったなぁ。

あれがもしも正夢で、出てきた赤い人が喜二郎だとすると、どんな罪を犯せばあそこまでボロボロの生活になるというのだろうか。


仁八の家よりボロいって相当だよ。


「んー……」


だが、あの赤い人に嫌な感情は湧かなかった。

なんかこう、言葉では表せないような感覚である。


「リーン。起きなさーい」

「はーい」


その感情が何かを書く前に、襖の向こうで忙しそうな母の声が聞こえて返事をする。

鈴は急いで着替えて居間に向かった。

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