嫁婿争奪合戦 その弐
イロハが去った後、喜二郎は福をねぎらった。
「ご苦労だった、福。久しぶりなのに済まなかったな」
「お気遣いありがとうございます、喜二郎様。それでは私はこれで。おりん様も失礼いたします」
そう言って去っていく福を、菅笠の男たちが見送った。
……はたから見ると、これでは喜二郎の家が極道のように見えてしまうじゃないか。
喜二郎は荷をまとめ、立ち上がる。
「では行こう、リン」
「うん」
いよいよ一大決戦だ。
去年は決着がつかないまま逃げ出したあの婿嫁大合戦に、終止符を打つ時が来た。
喜二郎と鈴の後ろに、ナナシを始めとする菅笠が付いてくる。
大名行列……いや花魁道中のような光景に、道行く人が鈴を見ている。
……もう逃げ出したくなった。
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林家の実家には家族が勢ぞろいしていた。
林家当主、林什吾。
次期当主、林市平。
市平の妻、林初。
そして喜二郎と鈴だ。
以前はコの字に座っていたが、今日はそれぞれが向かい合う形で座った。
什吾と市平が向かい合い、喜二郎の正面に初が座っている。
ちなみに鈴は喜二郎の横に座っている。
菅笠たちはさすがに林家の屋敷に入って来ず、屋敷の外で待機している。
「……まずは喜二郎、大阪での役目ご苦労であった」
「ありがとうございます、父上」
喜二郎の役目が藩政に関わるものだということを什吾は知っているのだろう。
什吾は喜二郎をねぎらった。
「難しい役目であっただろう。お主は林家の誇りだ」
「その言葉だけで報われた気がします」
だが、と什吾は話を紡ぐ。
さぁここからだ。
「五郎八姫への婿入りは許さぬ。わきまえよ」
「恐れながら父上。林家全員の命が掛かっております」
ばっさりと切る什吾に、喜二郎が食い下がった。
什吾は喜二郎とイロハの婚姻に反対していると聞いた。
理由はわからないが、それだったら鈴と重村の弟の婚姻の方も推し進めないでほしい。
「父さん。俺は喜二郎が結婚することに賛成だ。ようやくこいつも身を固めてくれる」
だが、イロハと喜二郎の婚姻に賛成したのは、意外にも父の市平だった。
そしてそれに反対したのは母である初だった。
「旦那様。喜二郎と五郎八姫では身分に差があります。いかがなものでしょうか」
「喜二郎の実力を知らない者は仙台にはいない。能力の問題なら伊達家が是が非でも欲しがってもおかしくない」
そこで鈴はどうしてこのような勢力図になったのか思い至る。
市平は鈴を喜二郎に嫁がせたくない。
初は鈴を喜二郎に嫁がせたい。
だからイロハに喜二郎を押し付けようとしたり、それを反対しているのか。
喜二郎は苦笑いしながら、二人をやんわりと制する。
「某の仕事がどこまで伝わっているかはわかりませんが、某はイロハ様に婿入りします。もし反対なさるのであれば理由をお聞かせください」
その言葉に什吾は黙った。
黙らなかったのは初の方だった。
「喜二郎。あなたはリンを娶りなさい。この子が生まれるときに大切にすると約束したでしょう?」
「リンは村由様に嫁がせる」
「いや、工藤様のご子息の嫁にするという話だったはずだ」
いやいや、祖父と父の話は決定じゃなかったよね?
頑張れ、母上。
話し合いが過熱していき、互いの主張が飛び交った。
収拾がつかなくなりそうなところで、喜二郎がこほんと咳払いした。
「リンも嫁にもらいます」
その時、先ほどまで口で争っていた三人がぴたりと動きを止め、顔を見合わせる。
あ、これヤバいかもしれない。と鈴は思った。
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「喜二郎。一つ聞きたいのだけれど」
「はい、義姉上」
「それはリンを正妻に、ということなのかしら?」
喜二郎は首を振った。
「側室です」
「ふざけるな」
その言葉に、怒り心頭の様子で市平がバシっと畳を叩いた。
「弟に娘をやるわけにはいかん」
「血のつながりはございません」
「そういう問題じゃない!」
百歩譲って嫁にやるとしても、側室にすることを是とする親はそういないだろう。
林家のような中堅武士の家系であれば、それはなおさらだ。
だが反対に什吾と初は何か考えを巡らせるように黙り込んでいた。
「おい、初。お前も何か言ってやれ。このロクデナシは娘を誑かそうとしているんだぞ」
「私が旦那様と結ばれたのは、そのロクデナシのお陰ですよ」
その言葉に「うっ」と市平が言葉に詰まる。
「それに片倉家は最初、喜二郎と縁を結ぶつもりで林家と接触したのです。身を引いた喜二郎に感謝こそすれ、恨み言をいうのはお門違いではございませんか、旦那様」
「うぅ……」
あれ、そうだったんだ。
つまり片倉家は最初、喜二郎と結婚するつもりだったのに、喜二郎が身を引いて父と結ばれたということか。
そういえば「スズが生まれることを知って諦めた」と喜二郎が前に語っていた気がする。
あー……だから父上は叔父上に対抗意識を燃やしているのか。納得した。
「それはそれ、これはこれだ。百歩譲って婚姻を許したとしても側室など受け入れられるか」
「私も最初はそう思いました。ですが、考え方を変えてみてはいかがでしょう、旦那様」
そう言って初は喜二郎を見据える。
「喜二郎、あなたはリンを愛していますか」
「……ええ」
「私の目を見なさい。答えにくいなら質問を変えます。リンを大切にすることができますか」
喜二郎は初を見据えて頷く。
「それはお約束できます」
「ならば、問題ありませんね」
初は今度は鈴を見る。
同じ質問が来たら、鈴も答えようと思う。
しかし、初は鈴には何も聞かずに什吾へ向き直った。
「義父様。この話、私は賛成です」
「……理由は?」
什吾は目をつむり、初に尋ねた。
「娘を、最も尊重してくれる殿方が、喜二郎だからです」
「……」
什吾が黙っていると、市平が首を振る。
「側室にするような男は、娘を一番に考えているとは言い難い」
「旦那様。わたしは一番などとは申しておりません。最も尊重してくれる殿方と言ったのです」
初は鈴を見据え、少し寂しげに笑った。
「もし喜二郎が五郎八様との縁談を断ってリンを選んでくれたら……まぁ、どうにかするつもりでした。ですが、二人とも選ぶというなら、覚悟を決めてもらいますよ、喜二郎」
「無論です」
喜二郎はしっかり答えた。
だけど鈴は知っている。喜二郎の手はじっとりと冷や汗をかいていることを。
にっこりと笑う母は、今度は鈴に微笑んだ。
その笑顔は朗らかで優しいもののはずなのに、鈴の背筋がゾッとした。
「で、あれば林家の娘として、片倉家の血を引く者として恥じないようにする必要があります。そうですね、リン」
「は、はひ」
その笑顔が恐ろしくて、鈴は噛んでしまった。
「素直に喜二郎だけを選んでいれば楽で幸せだったと思えるよう鍛えてあげます。手加減もしませんし、絶対に逃がしませんよ、リン」
その場にいた面々が目をそらしたのに、鈴は目をそらせずに思わず頷いていた。




