↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
132/145

旅路帰還

鈴たちは江戸の仙台藩邸から無事出ることができた。

利益と損害が複雑に絡むため、喜二郎と鈴の沙汰は仙台に戻ってからということになった。


「なんとか首の皮一枚繋がったねぇ」

「そのようだな」


鈴と喜二郎は二人そろってため息を吐いた。


途中からほとんど死を覚悟して腹をくくっていた鈴が、どうにかこうにかひねり出した案である。

絵柄を「全て覚えているのか」と言われたが、覚えているわけではない。


喜二郎の書いた絵柄で、一度模写したことがある物なら再現できるだけである。

さっきの手ぬぐいも、手拭いになる前の物を模写したから覚えているのであって、あんな一瞬で新しい絵柄を覚えられるわけではない。


喜二郎のようにパラパラ本を捲って覚えられるような記憶力なんて鈴にはないのである。

名主の村に戻ったらもう一回下書きを覚えなおそうと鈴は決心した。


「お前ら、それで本当にいいのか?」


ナナシが訝しげに鈴と喜二郎に尋ねてきた。

それ、とは喜二郎との婚姻のことを言っているのだろう。


鈴と喜二郎は顔を見合わせた。


「仕方ないよ」

「リンが良いなら問題ない」


いやいや、良いも悪いもそれしか生き延びる選択肢がなかったじゃん。

鈴の理想の殿方である真田幸村様のような人がいるわけもないし、叔父上は嫌いじゃないし。


喜二郎も鈴では不満かもしれないが、そこは納得してほしいよ。


「リンは某にとって姉であり妹のような存在で、今まで婚姻相手として考えたことはなかった」

「それは私も同じだよ」


まぁ、気持ちが同じというのは大切だよね。

鈴も母から提案されるまで、思いつきもしなかった婚姻相手なんだし。


喜二郎は「しかし」と話を続ける。


「某は義姉上にリンを大切にすると、お主が生まれた時に約束した。某で納得してくれ」

「……納得しているよ?」


納得していないように見えたのだろうか。

……ともかく、これで一難は去ったことは事実だろう。


しかし喜二郎が難しい顔をする。


「差しあたって、父や兄や義姉上を説得する方が骨が折れるかもしれん」

「あー…それはたしかに」


祖父の什吾、そして父の市平は明確に喜二郎を婿入りさせることに難色を示していた。

だが母の初はかなり乗り気だった。というか最初に言い出したのは母だったし。


母は結ばれたい人が見つかったら教えるように言われていた。

結ばれたいというより、結ばれなければ首が落ちるという理由で喜二郎を選んだのだが、母は納得してくれるだろうか。


……喜二郎が鈴を側室にするとか言ったら、鬼の形相をするかもしれない。


「……俺が言うことではないかもしれんが、イロハ様には説明しておけよ」

「そうだね、分かってるよ」


そういえば、イロハは喜二郎を婿に迎える気はないとか言っていなかっただろうか。

なんか清右衛門はイロハと喜二郎の婚姻が確定しているように話していたが、イロハに話が伝わっているのか少し怪しい。


もし喜二郎が婿入りできないというのであれば、そもそも詰んでいる状況である。

大阪を発ってからずっと最終決戦ばかり続いている気がして、鈴の気は重くなった。




二日後、後発組で大阪を出発したトシとイザマルが江戸に到着した。


「三人とも、無事だったんだね」

「心配しておりました。何事もなくてよかったです」


トシとイザマルがそう言って駆け寄ってくる。

どちらかというと大坂で影武者として置いてきた二人の方が鈴にとって心配だった。


「そっちこそ、無事でよかったよ。影武者なんて危ない役目させてごめんね」


二人が照れ臭そうに笑ったのを見て、鈴は申し訳ない気持ちになった。

大阪での二人の態度を見れば、鈍い鈴にも何となく察するところはあった。


いつからそんなに気を遣ってくれるようになったのかは分からない。

トシとイザマルにも、仙台に戻って落ち着いたらきちんと話をしなければならない。


鈴はどんより肩を落とした。






---

江戸を出航した一行は仙台への海路を進む。

あの後は清右衛門と顔を合わせる機会もなかったので、鈴は少しホッとしていた。


(とりあえず、今後必要なことを考えよう……)


まず食料問題。これはおそらく今年は大丈夫だ。

清右衛門を始めとする仙台藩の交渉人たちが、大阪に集まった食料をかなり買い集めたと聞く。


それを仙台藩に住む人々に分配することになっている。

それだけであれば今年を越せるかどうか怪しいが、鈴たちは鈴たちで食料を確保した。


何事もなければ来年の作付けまで持つだろうし、今年もわずかばかりだが収穫が見込める。

昨年はあんなに苦労して得た食料だったが、仙台藩が一年をかけてしっかり対策をしてくれたおかげだろう。



そして、次に婚姻問題。

もうこれはどうしようもない気がする。


仙台では唯一味方になってくれる母の力を借りて、周りを説得するしか方法が思い浮かばない。

祖父も父も反対していたし、本当にもうこれは母頼りだ。



最後に、祖父の什吾の謎について。


(今までずっと先送りにしてきたけど、そろそろ考えなきゃだよね……)


喜二郎の予想では、什吾は『観測者』というものらしい。

歴史を変えてはならぬ、というあの言葉の真意を知る必要がある。


鈴にとって歴史は、もう自分が歩んでいるこの時間なのだから。

ことあるごとに「歴史を変えるな」とお説教されてはたまらない。


うーん、と鈴は腕を組む。

そもそも正しい歴史ってなんだろう。


鈴が時掛けして見たあの地獄のような仙台が本来の正しい歴史だったとしたら、変えたことが悪いとは思わない。

あの未来の仙台を体験した後で「変えるな」なんて、どんな人間が言えるというのだ。


それに本来の歴史があるとしたら、すでに鈴も喜二郎も死んでいる。

什吾が血も涙もない冷血漢というのなら、歴史を優先する理由も分かる。


だが鈴にとって什吾は幼い頃から自分を可愛がってくれた、心優しい祖父なのだ。


(歴史を変えたって言っても、私はきっかけに過ぎないんだけどね……)


歴史を変えたとすると、一番大きいきっかけは地獄のような未来の話を喜二郎にしたことだ。

今思うと、よくもまぁ信じてくれたものだ。鈴だったら絶対に信じない。


(それに……良し悪しは別として、気になっているところがあるし)


ところどころ鈴の知っている記憶と、他の人が認識している内容で食い違いが見られる。

鈴の知らない鈴がいるような感覚で、正直あまり気持ちがよくない。


鈴は甲板の手すりに腕を組んで寄りかかり、頭を垂れた。

というか食料だけでも手一杯なのに、婚姻や歴史の方が厄介で一大事とか勘弁してほしい。


次の朝起きたら何もかも問題が解決して穏やかな世界になったりしないものか。


もうこんな面倒な問題は湯に浸かって忘れるに限る。

帰ったらすぐに湯治村に行って逗留しよう。


護衛兼見張りとしてナナシはついてきてくれるだろうし、後のことはもう喜二郎に任せようと思う。



……そんな風に放り出せたらどんなに楽なんだろう、と鈴は思った。






---

「あーあ、これで楽しかった旅も終わりかぁ」

「この飢饉で不謹慎だぞ、トシ」


船ではトシとイザマルが、ずっと鈴か喜二郎のどちらかにくっついて話してくる。

まぁ気持ちはわかるよ。私もどうせなら商売抜きで気兼ねなく観光を楽しみたかったし。


飢饉で食料を得るために乗船を許可されたり、他藩への商売が許されたりするのであって、女である鈴は本来なら仙台から出ることはできない。


男はいいよなぁ、商売を理由にあっちこっちに旅をすることができるのだから。


「そういえば食料の方はどうなった? 上手くいったとは聞いているが」

喜二郎が鈴たち三人に尋ねてくる。


そういえば喜二郎はトシとイザマルとは大阪ではあまり会えていないのだったか。

当然鈴も会えていなかったし、道中では島津重豪に追い掛け回されるなど、とてもそれどころではなかった。


一応上手くいったことは鈴の方から喜二郎に伝えていたが、詳細はまだ伝えていない。

トシはにっこり笑って指で輪っかを作る。


「完璧とは言わないけど、あと一年くらい食料は持つと思うよ」

「そうか。よくやってくれたトシ、イザマル」


喜二郎がそう言うと、トシとイザマルは照れ臭そうに笑った。

やはりトシたちにとって喜二郎は憧れなのだろう、褒められると嬉しそうだ。


「喜二郎様、仙台に戻ったらどうするのですか?」


これからのことについてイザマルが尋ねる。

鈴が温泉に行きたいなんて言えば非常識だと非難されそうなので、黙っていた。


「これから某と鈴には監視が付くだろうが、いったん実家に顔を出そうと思う」

「あー……大阪できな臭いとは思ったけど、やっぱりそういう感じなんだ。でも何で実家に?」


トシが率直な疑問を喜二郎に投げかける。

喜二郎はトシとイザマルの顔を見て、少し複雑そうな顔をしていた。


「リンを嫁にする相談をしに行く」


その言葉でトシとイザマルが顔を見合わせ、そして大きく見開いた。

鯉のように口をパクパクさせた後、二人そろってがっくり肩を落とした。


「なるほどね。それは確かにそりゃそうだ」

「仕方あるまい」


トシとイザマルは複雑な表情をしていたが、同時に納得もいく結果に声を萎ませていた。


「大事にしなよ、キジ兄」

「……リンにとって良い結果になるよう努力しよう」


今度は喜二郎の方が複雑な表情をして頷いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。