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一問一答

重豪はそのまま甲板で話すのではなく、船の一室に入って鈴と会話の場を設けた。

そして鈴が部屋に入ると、外に残してきた薩摩武士が大声で歌い始める。


「わっ、なんですか?」

「これで会話は聞かれる心配はない。存分に話してよいぞ」


重豪は勢いよく腰掛けに座ると、鈴も同じように用意されていたものに腰を下ろした。


「なぜ、重豪様は――」

そう言って切り出そうとした鈴を「まぁ待て」と手で制した。


「交互だ」

「は、はい?」


戸惑う鈴に、重豪はにやりと笑みを浮かべる。


「そちの質問に対して、儂は正直に答える。その代わりに儂の質問に対して、そちは正直に答える。どうだ?」

「……分かりました」


交互に質問し合い、自分の知りたいことを聞き出して優位に立つ。

なるほど、喜二郎が言葉の将棋と言っていたのがしっくりくる表現だ。


「では私から質問して良いでしょうか?」

「いいだろう」


重豪が頷いたので、鈴は慎重に言葉を選んだ。


「時掛けのこと、どうやってお知りになったのでしょうか?」

「儂宛に送られた文で知った」


どなたから送られたのでしょうか、と聞く前に重豪が手の平を向ける。


「儂の番だ。お主は歴史を変えられる。いや、歴史を変えた。そうだな?」

「……その通りです」


少なくとも仙台の死傷者を激減させた自覚はある。鈴は素直に頷いた。

素晴らしい、と重豪は口元を歪めた。


「まさか歴史を改変させられる手駒が手に入ろうとはな。この船とそちが居れば、恐れるものなど何もあるまい」

「……」


鈴は慎重に息を整える。


相手の空気にのまれてはいけない。

相手の狙いを避け、自分が欲しい情報を引き出さなければ。


「誰から時掛けのことを?」

「儂は会ったことはない。……いや、見たことはあったな。清右衛門殿が江戸の薩摩藩邸に来た時だ。此度そちの大阪行きと共に、その文が儂に届けられた」


不味い。

ここまでの質問では、有効な情報を引き出せていない。


しかも重豪は、こちらが何度も質問しなければ答えにたどり着けないような話し方をしている。

違和感がないのがさらに厄介だ。


にぃ、と重豪は口元を歪める。


やはり重豪は清右衛門と正面から交渉しているだけあって、まともに話し合って優位に立てる相手ではない。


「そちが変えた歴史とは何だ?」

「……食料を買い込みました。四万石ほど米を」


鈴の答えに、重豪が噴き出した。


「なるほどのぅ! 道理で仙台に被害が少ないはずじゃ! おそらく江戸で清右衛門殿に芋と米を交換した時だろう? それで、その後は何度歴史を変えた? ん?」

「私の番ですよ、重豪様」


そうだったか? と重豪はすっとぼけた。


「誰から聞いたのですか。明言してください」

「それは教えられん。だが薄々とは察しているだろう?」


ちょ、ずる過ぎる。

今まで質問した回数がすべて無駄になった。


はっはっは、と重豪は豪快に笑った。


「すまんすまん。いいぞ、3つ。なんでも聞け」


答えるかは別だがな、と重豪は自分の顎を撫でた。

鈴は今度こそ慎重に言葉を選んだ。


「……重豪様が叔父上に固執していたのは、分かります。上杉様も手元に置きたがっていました」

「ふむ。それで?」

「ですが、今はあまり執着しているようには思えません。なぜですか?」


重豪は満足げに頷く。

その表情は「そうそう、そう言う聞き方だ」とでも言っているようだった。


「喜二郎殿の価値は依然高い。だが、この船を手に入れた今となっては前ほど重要度は高くなくなった。あの才能は惜しくもあるがいまさら無理して手に入れるものではない」


鈴は驚いた。


かなり強引に引き入れを行っているように見えたが、違ったのだろうか。

鈴が首をかしげると「分からんか?」と重豪は笑った。


「娘の好いた男なのだろう? ならば、娘のために捕まえてやろうと思っただけだ」


すごく私情の絡んだ理由で喜二郎が薩摩に連れていかれそうだったことが判明して、鈴はくらりと眩暈がした。






---

「重豪様は時掛けと……この船で何をするおつもりですか?」


気を取り直して、鈴は質問を続ける。

時掛けを重豪に教えた人を探ってももう無駄だろう。


だったら、目的だ。

もしも強大な力を二つ手にした重豪が何をするのか、聞く必要がある。


「それに答えるためには、そちにも答えてもらう必要があるのぅ」

「何をでしょうか?」


「今の幕府を、どう思う?」


ぞくりと鈴の身の毛が逆立った。

今の世の中で、その質問がどのような意味を持つのか分からないものがいるものか。


幕府に不満がある。

大小の違いはあるだろうが、誰に聞いたってその言葉が返ってくるに決まっている。


重豪はそう言って船内を見渡す。


「この船があれば、日ノ本に恐れるものなどない。そして時掛けがあれば成功するまで失敗できる」


それが答えだ。と重豪は鈴を見据えた。


明言はしていない。

だがそれは、決して明言してはいけない言葉だし、抱いてはいけない望みだ。


そして幕府と聞いて、将軍家に所縁がある人物を思い出した。


「……茂姫は、一橋家に……将軍家の正室になると聞きました。重豪様がその望みを持てば茂姫はどうなるんです?」


茂姫――島津重豪の娘であり、ミクニの妹。

もしも幕府を害するというのであれば、将軍の正室である茂姫も被害を被ることになる。


かつて佐賀で一緒に買い物をした仲だ。

もし捨て駒にするというのならば鈴にも考えがある。


「それが3つ目の質問でよいのだな?」

「はい。茂姫をどうするつもりですか?」


力を込めた鈴の目に、重豪は興味深そうな表情で見返していた。


「一見すると見当違いの質問だが、なるほどなかなかに本質をついておる」

「……」


鈴が無言で答えると、重豪は観念した。


「茂については心配しておらん。儂の代で世の中をひっくり返すには、まだ駒が足りん。そう言うことだ」

「では……」


この船と時掛けを得た重豪は、何をするつもりなのだろうか。

だが、重豪はいたずらっぽく笑った。


「答えは言ったぞ?」

「え?」


どこだ。

言葉を思い出せ。


そうだ「儂の代で世の中をひっくり返すには」と言った。


茂姫も、船も、時掛けも……未来のための布石だというのか。

見えている世界が違い過ぎる。


重豪は自分自身も駒と考えているのではないだろうか。


「さぁて、儂の番じゃな。清右衛門殿と交渉した後お主は米を得た。で? その後は何度過去に行き、未来を見てきた? 何を変えたのか、儂に言ってみろ」

「……変えてませんけど」


互いに顔を見合わせる。


「……時掛けができるのだろう? そちが都合の良いように歴史を変えた。そうなのだろう?」

「私が最後に時掛けしたのは天明元年……四年前ですけど」


どういうことだ。

二人とも理解ができず、首をかしげる。


「太田庵でオカメ蕎麦を発案し、他藩からは食料を確保したのだろう? 鮫製品も未来を見てきたから流行がわかったのだろう?」

「いえ……それ全部は私、関係ないです。私の仲間が何とかしてくれたものです」


んん? なんだ、話がかみ合わない。


「……待て。では、お主は四年前を最後に、一度も時掛けをしていないのか? ……時掛けを繰り返して仙台の被害を抑えたわけでないと申すのか?」

「そんな便利な物だったら、いつも無茶難題を言われていません」


毎回べそをかいて皆に泣きついているのだ。

失敗した瞬間に戻れるような便利な道具だったら、今ごろこうして軍船の中で密談なんかしていない。


重豪は肩を震わせ、ガタっと立ち上がった。


「まさに奇跡だ!」

そう言って、重豪が大げさに天を仰いでいた。






---

その後はなぜだか分からないが、雑談になった。


交互に質問するとかいう条件を最初に言っていたのは重豪だったはずなのに、もういいのだろうか?


「そちは時掛けで最善を選び続けてきたのではないのだろう? ならば薩摩もできる。それに二歩で儂の反則負けだ」

「二歩ですか?」


鈴は首をかしげたが「儂が連続して質問して、お主が答えただろう?」ということらしい。

それならば鈴は3回も連続して質問したのだが、どうやらアレは回数制限外とのことだ。


ともあれ、鈴の結果を知って重豪は薩摩の誇りを刺激されたようだ。

ミクニもそうだったが、薩摩の人間はきっぱりと勝敗をつけたがる。


そして勝負がつくと、からっと相手と仲良くなってしまうところがある気がする。

薩摩武士のこういうところが憎めないんだよなぁ、と鈴は思った。


「む? 外が騒がしいな」


外から騒がしい喧騒が聞こえてくる。

だが、この大合唱は騒がしいうちに入らないのだろうか?


「えーと、この大声で歌っているのも大概だと思いますけど」


違いない! と重豪は笑った。

そして船室の扉が勢いよく開くと、ミクニが体中に猫を引っ付けて部屋に飛び込んできた。


「あ、ミクニ。実は―――」

「チェストぉぉお!」


なんか無事に終わりそうだよ。と言おうとした鈴を通り過ぎ、ミクニは重豪の顔面に握りこぶしを叩きこんでいた。


その瞬間だけ時間がゆっくりと流れ、猫が宙に舞っていたのを目にした。

重豪は鼻血を噴き出し、豪快にひっくり返った。





---

「うむ、宝を守るために何者も恐れるな。と教えてきたのは儂だが、二度も娘に顔面殴られるとはな!」

「ゴメン、父上」


ミクニは潔く土下座した。

どうやら鈴が強引に重豪から情報を引き出されていることを想像したらしい。


猫たちがミクニの土下座を見て、かわいい声を上げながら同じような姿勢をした。


そういえば以前に家出した時も重豪の顔をふっ飛ばして鼻血を出させたと聞いたが、これが薩摩の日常なのだろうか。

がっはっは、と重豪は気にした様子はなく、むしろほめたたえているように見えた。


「さて。この船の性能も試すことができた。儂らは薩摩に帰るとしよう、後ろから来ている清右衛門殿の船で仙台に帰るといい」


ちょ……挟み撃ちにされていると思っていたあの遠方の船は清右衛門の乗る船だったのか。

騙された。


最初から最後まで重豪の手の平に踊らされていた鈴たちである。


「ミクニ、戯れは終わりだ。帰るぞ」

「私、リンたちについて行っちゃだめ?」


ふぅむ、と重豪はミクニを一瞥し、急に顔を押さえ出した。


「顔から血が止まらん。これを清右衛門殿に見せれば、勝手に仙台の失態だと思って喜二郎殿たちの身に不幸が降りかかるやも……」

「んん! わかったよ! 帰ればいいんでしょ、帰れば!」


分かればよい、と重豪はパッと顔を上げた。


ミクニは大きくため息を吐くと軍船を飛び降り、自分たちが乗ってきた薩摩の船へ着地した。

猫たちがミクニを追って同じように薩摩の船に飛び乗る。


まるで吸盤でもついているかのように猫はミクニの体に着地した。

凄い身体能力だ。……どっちも。


ミクニは船首で軍船を眺めていた喜二郎に近寄っていく。

それに気が付いた喜二郎がミクニに振り返った。


「キジローさん」

「なんでしょう、ミクニ様」


ミクニは喜二郎に短く何かをささやくと、喜二郎が少し驚いた表情を見せた。


ちょうどその時、清右衛門が乗る船が軍船に追いつき、三隻の船が横一列に並ぶ。

仙台の船が薩摩船に横付けし、そこから清右衛門が薩摩船へやってくる。


清右衛門は重豪の姿を見つけ、深々と頭を下げた。

重豪も薩摩船に移動し、会釈する。


「ここまで牽引いただき、ありがとうございました、重豪様。それで……」

「案ずるな。喜二郎を連れていくのは勘弁してやる。姪もだ」


清右衛門が驚きの表情を浮かべる。


その驚きは、ここまで追ってきた二人を連れて帰らないことだろうか。

それとも重豪に薩摩訛りがないことにだろうか。


「ご配慮いただき忝(かたじけ)のうございます。して、今後についてでございますが」

「うむ。まぁ事前に話していた通りでよかろう」


清右衛門と重豪はその後も何か話しており、特に何事もなく終わった。

清右衛門が訝し気な様子でいたことから、おそらくだが清右衛門は時掛けのことは知らないと思われた。


鈴と喜二郎とナナシは、清右衛門が乗ってきた仙台の船に乗り込み、薩摩の人々に別れを告げる。

船の上からはミクニが猫と共にこちらへ大きく手を振っていた。


鈴も万感の思いを込めて手を振り返した。


「ミクニ、ありがとう! 元気でね!」

「リン、キジローさん。楽しかったよ!さよなら!」


仙台の船はゆっくりと薩摩の船から離れていく。

そして互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。




---

「で、喜二郎殿に何と言うたんじゃ?」


大海原から去っていく仙台の船に手を振り続けていた娘に、重豪が尋ねた。


重豪が欲していた二つのものは、以前ほどの価値を持たなくなっていた。

この軍船を手に入れ、時掛けの秘術が自由に使えるものではないと知ったためだ。


この二つを手に入れられれば日ノ本を牛耳れると思ったが、そうそう都合の良い物ではないらしい。

どうやら重豪の野望は次代に託すことになりそうである。


ミクニはこちらを見ようとはせず、ため息を一つ吐いた。


「んん……ちょっとね」


ミクニは両腕を船縁に乗せ、仙台の者たちが去った海を見続けている。

晴れやかな表情ではあったが、これが娘が寂しさを抑えているという仕草であることを重豪は知っていた。


まぁ、もはや過ぎたことだ。


「さぁ、薩摩へ帰っど。ミクニもこっちの船に乗らんか。こっちの方がずっと快適じゃぞ」


重豪とミクニは軍船に繋がる階段を上っていく。


さて、喜二郎との縁談が流れた以上は別口を探さなければならない。

このじゃじゃ馬の手綱を握れる人間がいるかどうかを重豪は考えていた。


「うむ。やはり西海道を固めるのがよかろうな。高鍋藩の種茂殿とは面識があると言うちょったじゃろ。……一度、掛け合うてみるか。のう、ミクニ?」


重豪がそう言いながら階段を登り終え、振り返る。

そこにミクニはおらず、娘は薩摩の船に立っていた。


「まさか……」

「出航!」


重豪が言葉を発する間もなく、ミクニが号令を下す。


「チェストぉぉお!」という掛け声とともにあっという間に船は遠ざかっていった。

重豪と共にいた水夫が唖然とした表情で、その様子を見ていた。


「……よろしいので?」

「構わん。好いごてさせちょけ」


そんなにこの父に婿を決められるのが嫌なのか。

ミクニが消えた方向を重豪は苦笑いしながら見続けていた。


まぁ、娘が何をしようとも無事であればいい。

嫁ぎたくないというのであればそれもいいだろう。


あの娘は重豪にとって、これからの薩摩と仙台を繋ぐ重要な駒なのだから。

むろん、その娘が幸せになるのであれば、それに越したことはない。


「……まったく、あのじゃじゃ馬は誰に似たんじゃろうな」


重豪は小さく笑った。

重豪はこれからの薩摩をどう育てていくか、再び戦略を練り直していくことになった。

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